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EBPM(Evidence Based Policy Making)とは、科学的根拠(エビデンス)に基づいて政策立案を行う理論であり、多くの先進国の共通指針となっているひとつのムーブメントと捉えることができます。エビデンスに基づく政策立案を行うことで、政策の有効性を高めることができます。今回は、このEBPMが注目されている理由、EBPMの歴史、EBPMを普及・浸透させるためのロジック・モデルについて紹介します。
EBPMとは「証拠に基づく政策立案」
EBPMは、Evidence Based Policy Makingの略語で、内閣府のサイト https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html では、以下のとおり定義しています。
「証拠に基づく政策立案」と翻訳し、「政策の企画をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすること
内閣府におけるEBPMへの取組
また、厚生労働省の資料(EBPMの取組の概要)では、証拠に基づく政策立案(EBPM)の推進にあたっては、以下の3点が明示されていることが重要としています。
- 政策立案の前提となる事実認識
- 立案された政策とその効果を結びつけるロジック
- 政策のコストと効果の関係
EBPMが注目されている理由
ある時点で見聞きした事例や限られた経験だけを頼りに政策立案を行えば、立案された政策やその効果の分析を十分に行うことができません。政策効果の測定に重要な関連を持つ情報や統計などのデータを活用したEBPMの推進によって、政策の有効性を高め、国民の行政に対する信頼を高めていくことになります。このほかEBPMが注目されている理由には、従来型の政策立案が抱えてきた以下のような問題点が挙げられます。
偏った「声」で決まってしまう政策
政策を立案する時点で、民意や社会状況をタイムリーに、そして的確に捉えることには限界があります。本来は広くきめ細かい意見聴取を行うべきところ、大きな力や権限を有する人や身近にいる人の意見だけに耳を傾けたり、政策立案者にとって理解しやすい意見をとりあげたりする傾向があり、偏りが生じやすい状況でした。
政策効果を明確に評価できない
政策効果を測定し検証することも、けっして簡単ではありません。これまでは、成果指標をいくつか設定し、政策実施による変化を計測して分析していました。しかし、設定した成果指標と政策効果の関係が不明確なために、正しい評価が得られないケースも見られました。そして、このように政策と効果との関係を明確にできないために、過去の慣例を踏襲するだけとなることも多くありました。
限られたリソースで透明性・信頼性の高い政策が求められている
少子高齢化による生産年齢人口の減少が続くなか、日本社会全体としての生産性を高めていくことが大切です。行政機関においては、限りある人的資源や財源を最大限に活用して、透明性、信頼性の高い政策を立案し、その実施による高い効果を実現しなければなりません。
ICTの進歩でEBPMの推進がより身近に
ビッグデータを整理・加工して社会状況の分析に活用したり、人工知能(AI)による膨大なデータの解析によって、これまで見えにくかった社会変化を把握することができるようになってきました。このようなICTの活用によって、表面化することのなかった民意や隠された社会課題を解明し、EBPMの推進につなげることができる環境が整いつつあります。
EBPM取り組みの歴史
EBPMの歴史をたどると、1960年代のアメリカで、統計的な処理によって政策効果を比較するという社会政策の実験が行われたことにいきつきます。その後、欧米諸国に客観的な証拠に基づくエビデンス・ベースの取り組みが根づきはじめたのは、1990年代のこと。
そして、EBPMが日本の政策資料に初めて登場することになったのは、2017年5月に閣議決定された『世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画』といわれています。このなかで「官民データ利活用社会」の構築に向けた推進体制のひとつとして、官民データ活用による「EBPMの推進」を挙げています。
2017年8月には、各府省に置かれたEBPM推進統括官を構成員とする第1回「EBPM推進委員会」を開催。EBPM推進統括官は、各府省においてEBPM推進の取り組みを積極的に主導し、府省内におけるEBPMの浸透とその徹底を図る役割を担います。さらに、2018年4月には「内閣府本府EBPM取組方針」が発表されています。内閣府におけるEBPMの取り組みを強化していくために、EBPMの観点から政策の検証に取り組むとしています。
EBPMの普及・浸透させるための「ロジック・モデル」を精査中
内閣官房行政改革推進本部事務局による資料「各府省におけるEBPMの取組状況」では、2022年度の取り組みとして「ロジック・モデルの作成・活用」という言葉が多く使われています。この「ロジック・モデル」について紹介します。
EBPMの「ロジック・モデル」とは?
さまざまな活動や組織体制、法令・制度などのプログラム(作戦)を実施することで、「どのようなプロセスを経て成果を表すことになるのか」という仮説を導き出す考え方を「プログラム理論」といいます。この「プログラム理論」を踏まえて、プログラムの論理(ロジック)をその目的と手段の階層体系によって説明(モデル)しようとするのが「ロジック・モデル」です。ある目的を達成するために、どのような手段・プロセスを経て、成果を得るべきか。その道筋を明らかにするための枠組みです。
このロジック・モデルを、政策評価にあてはめると以下の定義となります。
政策効果(政策に基づき実施し、又は実施しようとしている行政上の一連の行為が国民生活及び社会経済に及ぼし、又は及ぼすことが見込まれる影響)を表したもの
政策の実施により、その目的が達成されるまでの論理的な因果関係を明示したもの(政策の実施により、その目的が達成されるまでの過程をフローチャートで示したもの)
「ロジック・モデルの作成ー政策評価、EBPMの基本として」早稲田大学政治経済学術院 山田治徳
ロジック・モデルの構成要素
ロジック・モデルは、解決すべき政策課題について定義したうえで、政策目的が達成されるまでの以下の過程を、フローチャートで示したものになります。
- インプット(投入される予算や人員)
- アクティビティ(実施する活動・行動)
- アウトプット(残すべき実績)
- アウトカム(導かれる短期的・長期的な成果)
- インパクト(社会に及ぼす影響)
政策立案のためには、複雑化した社会の状況をさまざまな角度から検証し、正しく把握することが重要です。このため、ロジック・モデルの構築から着手し、エビデンス(合理的根拠)については、政策効果を事後に検証するときに用いるのが適当であるという考え方が主流になりつつあります。
ロジック・モデルを構築・実施してみて、その後にエビデンスが求められることから、ロジック・モデルがエビデンスよりも重要視されるようになってきたことがわかります。
2022年度はロジック・モデルの作成・活用を重視
内閣官房行政改革推進本部事務局は、各府省内の2022年度予算の検討・要求プロセスにおいて、ロジック・モデルの活用を推進すべきとし、新規予算要求事業(10億円以上)と公開プロセス対象事業では、「原則ロジック・モデルを作成・公表する」としています。
ただし、政府全体の予算事業は約5000事業ありますが、このうちロジック・モデルの作成・活用を行っている事業は、その1割にも満たない401の事業(2021年11月時点)にとどまっています。
また、ロジック・モデルの活用場面では、府省内の予算検討・要求プロセスがもっとも多く、対外説明やモニタリング・効果検証に向けた検討などへの活用は限られているなど、偏りが見られます。具体的な活用法や評価基準の明確化、ロジック・モデル作成が目的化しないような意識改革など、まだ多くの課題が山積しているといえるでしょう。
労働人口が減少するなか、限られた財源でより効果の高い政策効果を得るためには、ロジック・モデルの活用が不可欠です。そして、精度の高いロジック・モデルを策定するには、政策立案のベースとなる分析可能なデータの取得やその蓄積にも、引き続き注力する必要があるということです。AIやICTなどの先進技術を活用したデータ収集に取り組むと同時に、驚くほどのスピードで進化している社会に応じて、随時、政策の見直しや改善を行うことも大切です。