【STEM教育・STEAM教育】AI活用社会に必要な人材を育てるために官民学総力をあげて取り組む教育施策
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- writer : GDX TIMES編集部
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STEM教育は、科学・技術・工学・数学の4分野を、多次元的・統合的に学ぶという点に特徴があります。本記事では、STEM教育とは何かについて、STEM教育が必要な理由とその特徴、そして、すでに社会的な成果が見られる米国での取り組み、STEM教育から派生したSTEAM教育などを紹介します。
STEM教育とは?
STEM(ステム)は、「Science」「Technology」「Engineering」「Mathematics」の頭文字からなる造語で、科学・技術・工学・数学の教育分野を総称する言葉です。STEM教育では、以下の4分野を総合的に学び、将来の科学技術の発展に貢献する人材の育成を目指しています。
Science(科学):実験や観察などから対象となる事象の法則性を見出し、実証すること
Technology(技術):科学の成果を人々の生活に役立てるための最適な取り扱いや処理方法を見つけること
Engineering(工学):科学や技術を社会に還元するための設計や開発、イノベーションなど
Mathematics(数学):数量や図形、その変化などを論理的に解き明かし使いこなすこと
従来のような「先生が教えて、生徒はそれを覚える」というスタイルの学びではなく、これからの時代に必要とされる自発性や創造性、判断力、問題解決力を養い、国際社会のなかで活躍できる価値ある人材を育成することが、STEM教育の本質的なねらいです。
STEM教育が必要になってきた背景
今後ますますグローバル化やIT化が進む社会のなかで、STEM教育が注目され、必要とされているのは、どのような理由からなのでしょうか。
AIの進化で49%の職業が代替可能に
野村総合研究所が行った「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」では、AIが果たす役割・機能についての調査結果やAIの導入・普及が我が国の雇用にもたらす影響についての調査結果が報告されています。このなかで、AIで想定される雇用への影響について、将来AIや機械が各職業を代替することができる技術的な可能性が高い職業は49%(米国での分析手法を日本に当てはめた推計)に及ぶとしています。
ただし、日本の場合には、企業におけるデジタル化や業務プロセスの最適化への対応が遅れ、就労者のスキルの多能工化が遅れている点や企業の終身雇用制度が根強く支持されている点などを踏まえれば、AIが人間の仕事を代替することになるまでには、まだ多くの障壁が存在するようです。
今後はAIの苦手分野を担う人材が必要に
また、同報告書では、AIの活用にはさまざまなステップがあるため、AIの活用が一般化する時代において重要となる資質・能力も、多岐にわたる可能性があるとして、以下のような例を挙げています。
AIの企画・設計・開発
AI導入の対象業務を選定し、システムをデザインすることが重要ですが、そのような場面では、企画発想力や創造性などの資質が要求されることになります。
アルゴリズムの設計・開発
大量のデータを高速に処理するアルゴリズムの設計・開発業務を遂行するためには、情報収集能力や課題解決能力、論理的思考能力などが求められます。
AIの運用
AIの運用においては、企業文化やビジネスに対する考え方が異なる組織間の意向を調整することが重要になります。このため、コミュニケーション能力やコーチングなどの能力が要求されます。また、不正利用を抑止するための倫理観や正義感などの資質も重要です。
このように、新たな仕組みをデザインし創造する仕事や、他者との協調、ネゴシエーション、サービス精神などが求められる仕事はAIによる代替は難しく、今後もこれらの資質・能力を発揮できる人材が必要になることがわかります。
STEM教育の特徴とは?
STEM教育は、科学・技術・工学・数学という自然科学や科学技術領域の教育分野であって、一般的には「理数系」と呼ばれています。しかし、従来の理数系分野の教育と比べて、さらに多次元的・統合的に学ぶという点に特徴があります。
特徴1|横断的に4つの分野を学ぶ
STEM教育は、科目ごとに別々に学ぶ縦割り教育とは異なり、科学・技術・工学・数学の4分野の境界線を取り払い、相互に連携させた横断的な学習を実施します。これによって柔軟な思考能力を養い、より複雑な問題に対処し、解決に導くことのできる人材を育成します。
特徴2|「実践力」を培うことを重視
従来のような受動的な授業ではなく、生徒が自ら積極的に体験し、創造していく能動的な教育を行うことで、実践力が磨かれます。
特徴3|体験・創造型の授業で主体的な課題解決力を育成
このような体験型・創造型の授業では、子どもたちが直面する課題に対して、主体的に工夫して課題解決を図る力を育てます。
米国で始まったSTEM教育は、社会的成果が出始めている
STEMは、米国NSF(the National Science Foundation:国立科学財団)で理事長補佐を務めたジューディス・ラマレイ博士によって、2001年に命名されました。米国では、この命名の以前から科学・技術・工学・数学分野の教育強化の必要性が議論され、カリキュラムが試行されてきたようです。STEM教育の目的を理解するためにも、こうして先行してきた米国の取り組みを知ることが早道になるでしょう。
オバマ政権下で始まった「STEM教育1.0」
米国においてSTEM教育が推進された背景には、以下のような問題意識があったといわれています。
- 国の未来の競争⼒低下への懸念
- ⾼等技術を⽤いる職種の適任者不⾜
- STEM分野の総合的カリキュラムや教師が少ないことへの危惧
バラク・オバマ氏が大統領に就任して間もない2009年4月、米国科学アカデミーでの演説のなかで、STEM教育の重要性を強調したといいます。STEM教育が始まった当時、人種や収入によってSTEM領域を学ぶ機会に大きな格差が生じていたため、この格差の解消を図るために、STEM教育を推進する省庁横断の委員会を発足。STEM教育5カ年計画を策定(2013年)し、プログラム開発や教育研究などを進めてきました。さらにオバマ政権下の2015年には、STEM教育法を成立させています。
また、2015年に米国教育省は、これからの人材育成には、「何を知っているかではなく、知っていることを通じて何ができるか」「検証したエビデンスに基づいて問題を解決できるか」という、より高度な問題解決力が求められることになると提唱。そして、そのような能力の開発のためには、「Science(科学)」「 Technology(技術)」「Engineering(工学)」「Mathematics(数学)」を統合的に学ぶことが効果的であるとの考え方を示しています。
ちなみに同省は、その効果が社会にどのような影響を与えるかについても予測していて、2010~2020年で、STEM関連の職業のプロジェクトがどのくらい増えるかの予測は以下のとおりです。
Mathematics 16%
Computer System Analysts 22%
System Software Developers 32%
Medical Scientists 36%
Biomedical Engineers 62%
日本STEM教育学会|これまでのSTEM教育と今後の展望
同予測では産業全体の増加が14%なので、今後より高度で複雑な問題の解決力が求められる社会で、優秀なイノベーターを育成することが産業での競争力を高めることにつながると期待していたことがよくわかります。
「STEM教育1.0」の社会的成果とは?
日本STEM教育学会の同レポートによると、米国商務省は「STEM教育1.0」の取り組みが社会にどのように作用したのかを以下のとおり検証しています。
- 2014年〜2024年の事業成長は、STEM関連の職業:8.9%、非STEM関連の職業:6.4%
- STEM関連の従事者は、非STEM従事者より収入が29%高い
- 大学の学位取得者は、STEM関連の従事者:全体の1/3、非STEM関連の従事者:全体の1/3
- STEM関連の学位取得者は、STEM関連職業についているいないに関わらず高い収入
これらの結果は、STEM教育が社会的な成果につながり、その進化に貢献していることを示しています。
「STEAM教育」は、「STEM教育」の派生的な教育法
STEM教育から派生した教育手法はいくつかありますが、なかでも注目を集めている「STEAM教育」について紹介します。
STEM教育の限界を不安視して生まれたSTEAM教育
STEAM教育は、STEM教育に芸術のArt、もしくは教養を意味するArtsを取り入れた教育です。この用語は、2006年にヤークマン(Yakman,G.)氏によって初めて使われ、STEAM教育の枠組みとカリキュラムがつくられました。
また、教育学博士であり、国際的な教育神経科学のコンサルタントでもあるデビット・A・スーザ氏の著書「From STEM to STEAM(和訳版:『AI時代を生きる子供のための STEAM 教育)」(初版)の序章では,2013年当時の米国教育界の状況が示しながら、STEM教育には限界があることを示唆しています。たとえば、2007年のCOMPETES法成立によってSTEM教育が促進されたものの、2011年の全米学力調査で十分な学力向上が見られなかったこと。また、2013年に完成するNGSS(次世代科学スタンダード)※には期待を寄せつつも、その成果は実際のカリキュラムによって左右されることへの不安も述べられています。
※NGSSは、The Next Generation Science Standardsの略語で、米国の新しい学習指導要領のこと。日本語では「次世代科学スタンダード」になります。
加えて、STEM教育を科学者や数学者たちが実際に行っていることに照準をあわせた教育内容とすることで、創造力を育成し、実世界における問題解決につなげる必要性に言及しています。さらに、芸術関連のスキルや活動をSTEM教育関連の授業に織り込むことで、児童生徒の興味を喚起し、成果の向上につなげるべきと提唱しています。
STEAM教育はSTEM教育の派生というよりも、その限界を知り、改善して発展させるためのものと捉えるべきでしょう。事実、STEAM教育を「広義のSTEM教育」とする考え方もあります。
「Art(芸術)」がSTEAMに与える影響とは?
前述した「From STEM to STEAM」では、「芸術」を学ぶために必要なスキルやその効果を以下のように示し、科学者や数学者、技術者が成功するために欠かせないものとしています。
1.好奇心の誘導
2.正確な観察
3.異なる対象物の知覚
4.意味の構築と観察内容の正確な表現
5.他者との効果的な協働
6.空間的な思考
7.運動感覚的な知覚
芸術に求められるスキル/「STEM教育とSTEAM教育」鳴門教育大学研究紀要 第34巻 2019
1.脳を多忙にする(夢中にさせる)
2.認知的能力の促進
3.長期記憶の改善
4.創造性の促進
5.社会的成長を促進
6.新しさを取り入れる
7.ストレスの減少
8.教育を面白くさせる(教師も児童生徒も)
芸術による効果/「STEM教育とSTEAM教育」鳴門教育大学研究紀要 第34巻 2019
日本のSTEM・STEAM教育の実情
日本における教育は、学習指導要領によって、全国同一水準の教育という観点では大きな成果を収めてきましたが、STEM・STEAM教育への取り組みは、海外と比較すると遅れている感が否めません。
2017年に小学校と中学校、2018年には高等学校の新学習指導要領が公示され、2020年度からプログラミング教育が必修化されています。これには「パソコンやタブレットに触れ、使いこなせるようになる」というICTの教育要素はもちろん含まれますが、本来の目的は「プログラミング的思考を育む」というSTEM教育の実践にあります。
しかしながら、これから紹介するいくつかの調査結果からは、その目的を達成するためには、かなり困難な道のりになりそうな印象を受けます。まずは、その調査結果から紹介しましょう。
日本の中学生は「理数系」への親和性が低い
国際教育到達度評価学会が行った「国際数学・理科教育動向調査(2019年調査)」によると、「算数・数学の勉強は楽しい」「理科の勉強は楽しい」の回答は、小学生・中学生ともに毎年増加傾向にあります。しかしながら、国際平均と比較すると、平均を上回っているのは、小学生の「理科の勉強は楽しい」のみでした。
また、「数学を使うことが含まれる職業につきたい」「理科を使うことが含まれる職業につきたい」と回答した中学生の割合は、調査ごとに徐々に増えてはいるものの、依然として国際平均を下回る結果となっています。
小学校の授業でデジタル機器を使う時間はOECDの平均以下
OECDが行った「生徒の学習到達度調査」をもとに国立教育政策研究所が作成した資料によると、1週間のうち教室の授業でデジタル機器を利用する時間は、「利用しない」と回答した割合が、国語83%、数学89%、理科75.9%。OECD加盟国の平均は、国語54.4%、数学43.9%、理科43.2%なので、日本はOECDの平均値を下回っていて、しかもOECD加盟国中最下位の結果でした。
デジタル機器の利用時間と各教科のリテラシーには関連性があるのでしょうか? 答えは「YES」のようです。同レポートでは、利用時間と教科リテラシーとの相関性にバラツキはあるものの、「利用していない」のリテラシーは、かなり低い数値でした。つまり、デジタル機器を利用することはリテラシーを上げるために何らか作用しているということがわかります。
プログラミング教育で問題視されている「教える側」の課題とは?
2018年に実施されたOECDによる調査結果なども踏まえて、2020年度からプログラミング教育が必修化されましたが、教育現場では課題が山積のようです。
「平成30年度小学校プログラミング教育の取組状況に関する調査報告書」によると、プログラミング教育の実施に関してもっとも大きな課題は「ICT支援員の不足」であり、「情報不足」「予算不足」という回答も8割(抱えている課題をまとめた結果)を越えています。
プログラミング教育の成果がなかなか出ない原因は、生徒側というより教える側の環境要因のほうが大きいのかもしれません。
社会全体で「STEAM教育」を推進するためのプラットフォーム構築が進行中
文部科学省や経済産業省を中心として、STEAM教育の推進に向けた取り組みが加速しています。しかし、産業競争力懇談会COCNがまとめた「社会で育てるSTEAM教育のプラットフォーム構築」では、「社会総出でSTEAM教育の推進に貢献」すべきであり、「産業界はもとより全府省、自治体・地域、大学・高等専門学校、博物館・科学館及びあらゆる主体が参加」することが必要だとしています。
そして、「教育素材となるコンテンツを収集・配信するライブラリー」と「教育に携わるステークホルダーの人的ネットワーキング」という2つの要素を重視して、STEAM教育のためのプラットフォームを、ALL JAPAN体制で構築していきます。
また、経済産業省が進める「未来の教室」とEdTech研究会※でも、「多くの学習者は「学校」「民間教育」の組み合わせのなかで学び、いずれ産業のなかで生きていく。「学校」「民間教育」の垣根なく、「産業の未来」を意識して学べる、豊かで個別最適化された学習環境が提供されるべき」としています。
※「未来の教室」とEdTech研究会:EdTechは、Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、科学技術を活用して教育や学びのかたちを変えていくことをいいます。「未来の教室」では、これからを担う子どもたちの能力育成のため、EdTechを活用した教育を実践。EdTech研究会は、EdTechの開発・導入における課題やその対策について検討し、EdTech需要が拡大する海外への展開の支援も行います。
AIをはじめとした最先端の技術や理論を理解し、自らの着想と創造力によって、新たな価値を生み出していく。そのような人材を育成するための教育として、STEM/STEAM教育は、今後ますます注目され、期待されることになるでしょう。同時に、学ぶ立場の子どもたちにとっても、STEM/STEAM教育は魅力的なものでなくてはなりません。日々、新たな発見や創造の喜びを味わうことで、子どもたち一人ひとりが、自分たちの世界を広げていってほしいものです。