【ベース・レジストリ】「デジタル・ガバメント」成功のカギを握る社会基盤データベース
- category : GDX ナレッジ #デジタルガバメント
- writer : GDX TIMES編集部
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ベース・レジストリは、社会の基幹となるデータベース群の総称です。日本政府は、豊かな社会の実現と国際競争力の強化に不可欠のものとして、ベース・レジストリの整備に注力しています。ここでは、ベース・レジストリの概要、整備に必要なポイント、期待される効果、日本の課題について解説します。
ベース・レジストリとは
ここではまず、ベース・レジストリとは何かについて確認しておきます。
社会の基幹となるデータベースの総称
2020年10月に開かれたデータ戦略タスクフォース(第1回)での配布資料では、ベース・レジストリを以下のように定義しています。
ベース・レジストリとは、公的機関等で登録・公開され、様々な場面で参照される、人、法人、土地、建物、資格等の社会の基本データ
ベース・レジストリの概要|データ戦略タスクフォース事務局
さらに、このベース・レジストリは「正確性や最新性が確保された社会の基幹となるデータベース群の総称」であって、すべての社会活動を支える「デジタル社会における必須の環境」としています。これからのデジタル社会において国際競争に参加し勝ち抜いていくためには、光ファイバーや5G網をはじめとするネットワークの整備とベース・レジストリを中核としたデータ基盤の構築が不可欠なのです。
ベース・レジストリの対象データとして重視されること
社会の基幹となるデータベースとしてベース・レジストリを整備し、機能させるためには、対象データの選定をどのように行うかが重要になります。政府は、ベース・レジストリがわが国初の概念であって、成功体験を積み重ねてその意義や効果が実感できることが大切であるとして、以下の視点を対象データとして重視すべき点として挙げています。
多くの手続きで使われるデータ
まず、行政手続きで再記入、再提出の省略が求められるワンスオンリーの基盤となるデータであることを重視すべきとしています。
氏名や住所、法人名や事業所など記入ミスが多く発生していたデータや、住民票、商業登記簿、不動産登記簿などの添付書類の省略が求められてきたデータを、ベース・レジストリとして管理することで、それらの再利用を可能として再入力時間やコストの削減やエラー処理の回避につなげます。
災害時に重要なデータ
災害時の緊急救命や救援、復旧など、社会全体で活用する場面が多く、データ共有が求められる基礎データについても重要だとしています。共有が求められる基礎データの例として、医療機関や学校、災害復旧・復興支援組織(税務署、社会保険事務所)、地図、気象、交通情報などを挙げています。
社会的・経済的効果が大きいデータ
データの再利用によって大幅なコスト削減や業務の効率化が期待される基礎データを指します。法律や制度など、基礎データとして情報提供が求められるデータ、住所などの経済効果が大きい情報を例示しています。
即効性のあるデータ
すでに整備・公開されているオープンデータやクレンジングの必要性がない高品質なデータなど、すぐに利活用が可能な即効性の高いデータも、ベース・レジストリとして管理する方針を示しています。
ベース・レジストリには、データの品質や再利用の容易さなど、多くの要件を満たすことが求められますが、これらの要件を完全に備えていることを求めようとはせずに、段階的な品質向上を図っていく方針を示しています。
ベース・レジストリの候補となるデータ情報
現状、ベース・レジストリの候補となる情報には、どのようなものがあるのでしょうか。
すでにベース・レジストリ的な役割を果たしている情報
複数の機関での情報共有が進み、すでにベース・レジストリとしての役割を果たしている情報には、次のようなものがあります。
文字情報基盤
氏名に使われる漢字約6万文字のフォントや文字情報一覧表等は、行政や社会活動の基盤として、誰でも無料で自由に利用できます。
マイナンバー基本4情報
氏名、性別、住所、生年月日の情報です。自治体が管理する住民基本台帳には、個人の識別や特定について基本となる情報として、住民票コード・マイナンバーとともに記載され、住基ネットを通じて、全国の行政機関が本人確認のために使用することができます。
法人基本3情報
法人の商号または名称、本店または主たる事務所の所在地、法人番号の3つの情報は、公開されています。
地理院地図
地形図、写真、標高、地形分類、災害情報など、国土地理院が日本の国土情報を発信する地図情報です。地形図や写真の3D表示も可能で、地形断面図の作成や新旧の写真を比較する機能なども備えています。
ベース・レジストリの検討対象
一方、国や自治体の業務ごとに、独自のデータベースが整備されている情報もあります。これらの情報を含め、以下のようなデータが、ベース・レジストリの検討対象となります。
また、台帳やマスターデータという観点からは、以下のような台帳やコードも検討対象になります。
台帳
戸籍、住民基本台帳、不動産登記簿、商業登記簿、固定資産課税台帳、道路台帳、農道台帳、林道台帳、都市計画図ほか
コード
法人番号、事業所コード、国コード、地方公共団体コード(町字識別子)、 言語コード、性別コード、日本標準産業分類、日本標準職業分類など
ベース・レジストリの実現に必要な3つのポイント
ベース・レジストリの整備に向けた準備は着々と進められています。そして、その実現によって最大の効果を得るために、政府は以下の3点を重視しています。
データの標準化
データの収集段階から、蓄積データの内部活用や他機関との連携、さらにはオープンデータとしての活用まで、一貫したデータ標準を進めることで、現場の負荷軽減やコスト削減、品質向上につなげることができます。
ルールの明確化
データ管理に関する理念を法律等で明確化することで、個別制度との調整に伴う業務負荷の軽減やコストの削減を実現しながら、ベース・レジストリの活用を迅速に社会に定着させなければなりません。
品質の確保
データの品質やその評価について可視化してデータの正確性や最新性を確保することにより、社会活動を支える基盤を整え、データ活用場面でのエラーや事故を防ぐことも大切です。
ベース・レジストリで期待される効果
次に、ベース・レジストリの整備とその活用によって期待される効果について整理します。
ワンスオンリーの実現
行政機関などに一度提出した情報は再提出することを不要とするワンスオンリーの実現によって、申請者は再入力の時間やコストを削減できて申請の利便性が大幅に高まります。また、受付側でもすでに登録された正確なデータを再利用するため、照合作業を省くことができ、審査処理の自動化も可能になります。
行政におけるシステム重複投資の削減
各府省において、それぞれの業務を規定する法令などの定めに従って取り扱ってきた各種データを、ベース・レジストリとして一体的に運用することによって、個々に管理していたデータの相互利用が可能となり、コストも抑えられます。
社会の情報基盤としての貢献
行政機関ばかりではなく、民間でも活用可能なデータについては、社会の情報基盤としてオープンデータ化を進めることで、社会全体としてのコスト削減が期待できます。
ベース・レジストリの経済効果
ベース・レジストリの構築によって得られる経済効果について、デンマークの事例を紹介します。デンマーク政府が2012年に着手したベース・レジストリ整備による業務改革プロジェクトでは、改革を行わなければ2027年までの15年間で、業務実施に1,664億円かかるところを、98億円の投資によって445億円に抑えることができると試算しています。
この結果、投資額は1年強で回収することができ、1,223億円の効果を見込んでいます。その投資対効果は15年間で12.5倍(行政コスト)となり、民間を含めればさらに大きな経済効果が期待できます。
「ベース・レジストリ」への取り組みが加速している理由
日本では、ベース・レジストリへの各国の取り組みを調査する段階から、データ活用環境の整備のためにベース・レジストリの整備対象を選定する段階を経て、ベース・レジストリの活用に向けた具体的な取り組みが検討されるようになりました。こうしてベース・レジストリへの取り組みがいよいよ本格化し、加速しつつある現状とその理由について整理しておきます。
明らかになった先進国とのデジタル・ガバメント格差
内閣府が提唱する未来社会「Society(ソサエティ) 5.0」の時代にふさわしい、年齢・性別・地域・言語といったさまざまな違いを乗り越え、住民一人ひとりに寄り添った行政サービスの実現を目指して、日本政府は以下のような法整備を進め、デジタル・ガバメントの実現に向けた計画を推進してきました。
2016年|官民データ活用推進基本法
2017年|「デジタル・ガバメント実行計画」
2019年|デジタル手続法
これらの推進にあたって、データ基盤の整備にも取り組んできましたが、「ベース・レジストリ」という言葉の定着とともに取り組みが加速したきっかけは、2020年2月に行われた第10回新戦略推進専門調査会デジタル・ガバメント分科会にあったといわれています。
分科会では「デジタル・ガバメント海外事例と日本の現状」が報告され、ワンスオンリーとスマートシティの推進にはベース・レジストリの整備が不可欠であることが示されました。EU各国や米国の事例も紹介され、同時に日本の具体的な問題点(詳細は後述)も明確にしています。
新型コロナウイルス感染症や度重なる災害で、ベース・レジストリの必要性が高まった
新型コロナウイルス感染症や激甚化する自然災害などの発生時に、給付金などの申請者は何回も同じことを記入する必要がありました。また、それを受け付ける行政機関でも、データ照合やデータの不一致によるエラー処理に時間を要して、申請対応に遅延が生じる結果となりました。
行政側のデータ活用環境が未整備だったために、申請者にも行政側にも大きな負担を強いることになったのです。これらは、ベース・レジストリの必要性が注目される要因の一つといえるでしょう。加えて、経済産業省のチームがIT室との協働で数年にわたる基礎調査と検討を重ねてきたことも、ベース・レジストリへの取り組みを加速させることになりました。
日本の「ベース・レジストリ」取り組みの問題点と今後の課題
日本では、これからのデジタル社会における国際競争力強化の源泉として、データ活用環境の整備とその中核となるベース・レジストリの構築を進めています。ここでは「ワンスオンリー」および「スマートシティ」への取り組みについて欧米各国と比較しながら、日本の問題点と今後に向けた課題について考えてみます。
「ワンスオンリー」への取り組み
一度提出した情報の再提出を不要とする「ワンスオンリー」の実現には、ベース・レジストリの存在が不可欠です。この「ワンスオンリー」への欧米各国の取り組みと日本の現状について見ていきます。
欧州の場合
欧州各国は、ワンスオンリーの実現のために、ベース・レジストリを最重要政策の一つとして位置付けています。タリン宣言から4年が経過した現在、各国ではベース・レジストリの構築とその運用を、所管省庁を超えた枠組みで実施。ベース・レジストリを、たんに同じデータ項目を持つだけでなく、更新についても相互に連携させるなど、各担当組織のなかで正確かつ最新の状態で管理しようとしています。
米国の場合
米国政府も、ベース・レジストリの管理を強化するために、各省にCDO(Chief Data Officer)を配置しています。さらに、CDOカウンシル(協議会)も設置されました。
日本の問題と課題
日本でもワンスオンリーの基本となる台帳の管理は行われてきましたが、各台帳が独立しているために、同じデータ項目であっても、形式や内容の整合性がとれていないことがありました。また、文字の管理が不十分なために、情報の検索さえも十分に行えないことがあります。まず、こうした状態を改善することが求められますが、政府横断でデータの整合性をとる組織がないために、その進展が見られない状況です。
ワンスオンリーの効果を最大化するためには、データの不整合による例外処理をなくしていくことが重要であり、台帳の取り扱いに関する制度の抜本的な見直しが必要になります。また、欧米のようにデータを短時間で処理できるようになるために、データ処理全体をエコシステムで考え、改善していくことが求められています。
「スマートシティ」への取り組み
「スマートシティ」の実現には、IoTやAIなどの先端技術をまちづくりに取り入れる必要がありますが、その前提となるのがベース・レジストリの整備です。
先進国の場合
海外の先進的なスマートシティへの取り組みでは、国だけでなく自治体もベース・レジストリの整備を進めています。スマートシティを支えるためには、データを活用するためのアクセスコントロールやサービス分類のしくみが必要になりますが、欧州各国では、利用者ごとにカスタマイズされたサービスを提供するサービスカタログに加えて、データを分類するための基本のタグとなるコントロール・ボキャブラリの整備が進んでいます。
日本の問題と課題
日本政府は、日本社会が目指すべき未来社会の姿を「超スマート社会」と名付け、その実現に向けた取り組みとして「Society 5.0」を推進しています。スマートシティでは、データが安価に安定的に供給される持続可能なエコシステムが重要となります。
日本では、すでに多くのスマートシティプロジェクトが進められていますが、それらの成果を集約して今後の新たな取り組みへとつなげていくことが求められています。そのためにも、データを活用するためのアクセスコントロールやサービス分類のしくみを整備していくことが課題となります。
行政サービスにおいて長年続いてきた「紙文化」や「対面の文化」、さらに行政機関ごとに行われてきた独自のシステム構築が、「ベース・レジストリ」整備の難易度をあげています。これからの国際競争に勝ち抜くためには、これらの障壁を乗り越えながら、政府の強いリーダーシップをもって「ベース・レジストリ」の整備・構築に拍車をかけることが期待されています。