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2026年1月5日

行政サービス情報を生成AIが扱うとき、なぜ「法令情報だけ」では足りないのか~自治体で生成AIを活用する際のデータ利活用の視点~

本記事は、2025年(令和7年)12月15日(月)発行の時事通信社『地方行政』の【連載】ポスト標準化の自治体DX② データ駆動の自治体へ に掲載された内容を転載したものです。

1.はじめに

 生成AI(人工知能)は、行政機関においても文書作成支援、各種調査、問い合わせ対応といった用途で導入の検討が進んでいます。しかし、特に子育て支援や各種補助金制度等行政サービスに関する手続き案内や制度説明などの情報は住民の権利・義務に直結するものが多く、「誤情報の提供」は信頼性を損ないかねないリスクを伴います。特に、適用条件・支給金額・申請期限等が厳密に規定されている行政サービスを正確に扱うには、生成AI出力の「正しさ」をどう担保するかがとても重要な問題です。

 また、特に各種行政サービスの提供の制度設計・運用は、国の法令(法律・政令・省令)に加え、告示・通知、自治体の条例・規則・要綱、予算措置、および実施要領・内規等の運用が組み合わさって成り立っています。AIが法令の条文だけを学んでも、「本当に現場で通用する案内」にはなりません。

 本稿では、役所で生成AIを特に行政サービス関連の説明に使うときにぶつかりやすい課題を、主に私たちが取り組んでいる行政制度データベース(DB)「ユニバーサルメニュー」の考えを活用して整理し、今後の課題を分かりやすく説明することを試みます。

 また最終的に、実はこうした行政サービス情報を生成AIで扱う場合、「法令情報だけでは不十分」である理由を、生成AIの特性と行政制度の構造から整理し、今後の課題を解説してみたいと思います。

2.法令情報だけでは見えない行政サービスの全体像

 まず、行政サービス情報を生成AIで扱う際、自治体のWebサイトの情報だけでは不十分です。情報の抜け漏れがあったり、場合によっては誤った情報が掲載されていることもあるためです。

 この点については説明が長くなりますので、詳しくは拙著『自治体Webサイトはなぜ使いにくいのか?』(時事通信社出版局)をご覧いただければ幸いです。

 そのため、自治体Webサイトの情報に加えて、法令などの情報も生成AIに読み込ませる取り組みが行われることになります。

図1 法令や予算など法的根拠と「行政サービス」をつなぐ基盤が必要(出典:アスコエ作成)

 しかし、自治体が提供する行政サービスは、多くの場合、法令の条文をそのまま読んだだけでは全体像が分からないという特徴があります。これは、行政サービスが複数の情報源や運用実務を組み合わせて成立しているためです。

 さらに、自治体の行政サービスは、法令の上位規定だけではなく、自治体の実施要綱、担当課が定めた運用ルールなどが組み合わさって具体的に形作られています。同じ法令を根拠にしていても、自治体ごとに制度の内容が異なることがあるのはこのためです。例えば「妊婦健診」は、市町村の実施・勧奨義務が母子保健法第13条で規定されていますが、健診の回数や実施時期、検査項目、公費負担の考え方などの基準は、厚生労働省告示で示されています。さらに、健診費用助成の対象者や自己負担額、受診券の交付方法など具体的な実施方法は、各自治体の実施要綱等の内部規程と財政上の措置によって具体化されています。

 また、行政サービスの中には、そもそも法令を根拠としていないものも多くあります。特に地域の実情に応じた独自事業では、議会の予算決定、補助金や交付金の枠組みが制度の成立根拠となっているケースがあり、法令を読んでも一切情報が出てこないこともあります。

 さらにやっかいなのは、国の通知(交付金要綱など)にすら基づかず、自治体ごとの裁量で行われる行政サービスが多々あるということです。

 例えば、子どもの医療費を助成するという、同じような内容の行政サービスが全国で実施されていますが、全国で共通する根拠がなく、対象年齢や要件などは自治体ごとに異なります。名称も当然「こども医療費助成」「子育て支援医療費助成」「小児医療福祉費支給制度」など自治体ごとに異なるため、AIにこれが同一の行政サービスであると認識させるための情報を与える必要があります。

 また、「児童手当」のように、対象者や支給要件・支給額など行政サービス情報の骨格が、一つの法令内の複数の条文(第○条・第△条・第□条など)に明記されている場合もあります。条文の一つ一つ、条文と条文の関係については極めて論理的に書かれているため、法令の全貌を理解するという点では人間より生成AIが得意な領域かと思いますが、一般市民が理解できる文章構造・表現にするためには、そちらをガイドする仕組みも不可欠ではないかと筆者は考えています。

 このように、生成AIに法令テキストをそのまま学習させても、行政サービス情報、制度の全体像は再現できません。つまり、生成AIにとって法令情報は「設計図の一部」にすぎず、実際の運用データ(申請方法、期間、対象者など)がなければ、住民の質問に正確に答えることはできません。行政現場で求められるのは、行政サービス法的根拠と現場の実態を〝つなげて理解できる〟AIであると筆者は考えています(図1)。

3.デジタル庁が示したAIに行政データを活用させるための三つのデータの考え方

 2025年にデジタル庁は「政府等保有データのAI学習データへの変換に係る調査研究 最終報告書」(以下、「本報告書」)を公開しました。

 自治体での生成AI活用にも、 本報告書が示した三つのデータの考え方がヒントになります。

 本報告書では、AIに行政データを活用させるために、目的ごとに三つのデータを整備する必要があると述べています。これは、行政が生成AIに情報をどう与えるかを考える上での重要な視点として参考になります。

(1)評価用データ─正しいかどうかを判定する基準

 AIが出した答えが本当に合っているかを確認する評価のためのデータです。行政サービスでいえば、制度名、対象者、所得条件、申請期限、窓口、根拠法令などを統一形式で整理した参照データがこれに当たります。

 生成AIの出力をこのデータと照らせば、「対象条件がずれていないか」「期限が過去の情報になっていないか」を自動的にチェックできます。

(2)インコンテキスト学習用データ─現場の文脈をAIに伝えるデータ

 住民からの問い合わせ文、職員の回答例、自治体のFAQなどをAIに「文脈情報」として与えることで、より現場に即した回答が可能になります。例えば「この制度では〝申請不要〟という言葉は自動払いを意味する」など、実務上のニュアンスをAIが理解しやすくなります。

 ただし、こうした事例データには個人情報が含まれる可能性があるため、匿名化と更新管理が欠かせません。

図2 UMテンプレートによる行政サービスの構造化(出典:アスコエ作成)

(3)パラメトリック学習用データ─AI自体に行政制度知識を教えるデータ

 AIの基盤モデルそのものに行政制度の知識を学習させるためのデータです。制度の構造や典型的なQ&Aを「教材」としてAIに覚えさせる方法です。法改正など内容が古くなる点に対応するため、どの時点のデータで学習したかを明示し、定期的に更新することも必要です。

4.信頼性を支えるデータ構造の必要性 ユニバーサルメニューの可能性

 以上の課題を踏まえると、生成AIを行政サービス分野で有効に活用するためには、AIそのものの性能向上だけでなく、信頼できる基盤データ構造の整備が不可欠です。

 ここでヒントになるのが「ユニバーサルメニュー」のような取り組みだと私たちは考えています。ユニバーサルメニュー(UniversalMenu、以下UM)は、一般社団法人ユニバーサルメニュー普及協会と私たちアスコエが共に整備を進めている、全国の行政サービス情報を網羅し、標準化されたテンプレート形式で記述したDBです。

UMでは、行政サービスを法的根拠となる法律/政令/省令/告示/通知/県条例など/市町村条例などの情報とともに、手続き・対象者・申し込み方法などの要素に分解し、標準化されたデータとして体系化しています(図2)。

 UMにより、同一制度でも自治体間で異なる呼称や手続き要件を共通の構造で整理することができます。例えば「子育て支援」カテゴリーの中に、「児童手当」「保育料軽減」「出産育児一時金」などの制度が相互に関連付けられ、AIがそれらの位置付けを文脈的に理解できるようになります。

 特に行政サービスに関しては、このような構造化データがあって初めて、AIの出力を評価・検証することが可能となります。UMは、こうした「正しさの参照軸」を提供し得る基盤となります。

 つまりUMは、「法律だけでは把握できない行政サービスの実態」をAIに伝えるための〝共通の言語〟になると筆者は考えています。

 デジタル庁の報告書が示した三つのデータの型について、例えばUMに登録された情報を「正解データ」としてAIの出力を検証、インコンテキストデータではUMの各制度にFAQや問い合わせ例をひも付け、AIが文脈を理解しやすくする、そして、パラメトリックデータについては、UMの構造を教材化し、AIが制度の関係性(似ている/違う)を学べるようにするなど、特に行政データを整備するための基盤としてUMを土台にすると、運用しやすくなる可能性があるのではと考えています。

5.おわりに~生成AIの活用でもデータがカギ

 行政で生成AIを使うとき、特に行政サービスに関する情報を扱う際の最大の落とし穴は「法令を読ませれば分かるだろう」という思い込みではないでしょうか。

 AIを行政で生かすためには、法令情報の上に、制度の運用情報・地域差・時点情報を組み合わせたデータ構造を整えることが不可欠です。制度は法令だけではなく、通知・要綱・予算措置・自治体の判断が重なって運用されています。つまり、法令だけでは行政サービスの〝実際の姿〟は見えないのです。デジタル庁の三つのデータ視点やユニバーサルメニューのような標準化の取り組みは、その出発点になります。

 法令だけでなく、現場の制度情報をきちんと整理し、AIがそれを理解できる形で提供すること、その際のポイントは、AIに渡すデータの「正しさ」や、制度の成り立ちや状況また前後のつながりなど、制度情報を支える背景や前提条件、すなわち「文脈」情報が、信頼される行政向け生成AIへの第一歩と筆者は考えています。

安井秀行(アスコエパートナーズ)
この記事を書いたのは:

株式会社アスコエパートナーズ 代表取締役社長 NPO団体 アスコエ代表 一般社団法人ユニバーサルメニュー普及協会 理事 慶応義塾大学 政策・メディア研究科 非常勤講師 内閣官房「新戦略推進専門調査会 デジタル・ガバメント分科会」委員 内閣官房「地方官民データ活用推進計画に関する委員会」委員 マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパン、株式会社DBMG取締役を経て、現職。企業だけでなく、行政等公的機関も含めたウェブ、マーケティング戦略関連の幅広いコンサルティングを行っている。

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