「なぜ、建築分野から始めたのか 」藤沢市が許認可プラットフォーム構想の入口に『手続きナビ』を選んだ理由
- category : GDX 事例
- writer : GDX TIMES編集部
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建築分野の手続きは、必要な手続きを調べること自体が難しく、関係部署も多岐にわたります。
藤沢市は2024年6月、「手続きナビ」に建築カテゴリを公開、2026年1月には建築カテゴリにさらに複数のメニューが追加されました。
建築、開発、道路、水道など関連する手続きが複雑に関わるこの領域は、行政DXのなかでも難易度が高いといわれています。藤沢市は、将来的に許認可手続きをオンラインで完結できる仕組みづくりを構想するなかで、まずは建築に関する手続き案内から取り組みました。
なぜ、あえて建築分野から始めたのでしょうか。担当者への取材を通じて、その背景を伺いました。

この方たちにお話を伺いました。
左から、建築指導課:海野優作様、渡邉拓様、相川琢様(現在は住まい暮らし政策課)、
デジタル戦略課:大滝真也様、平野雄輝様
「必要な手続き」を調べること自体が仕事になる世界
アスコエ|建築分野では、どのような課題があったのでしょうか。
相川様|まず来客と電話が非常に多かったんです。その対応に追われて、職員が落ち着いて考えながら業務をする時間がなかなか取れませんでした。そもそも、なぜ電話や来庁が多いのかというと、利用者側からすると「とりあえず聞いたほうが早い」からです。
アスコエ|建築分野の手続きはとくに複雑だと言われますね。
相川様|建築の難しいところは、場所によって必要な手続きが変わることです。例えば結婚や出生の手続きであれば、市内のどこに住んでいても基本的には同じです。でも建築は違います。同じ市区町村でも道路を一本挟んだだけで規制が変わることもあります。
さらに市町村が変われば条例も変わります。都内では当たり前だったことが藤沢市では違うこともありますし、その逆もあります。こうした「地域性」は建築分野特有の難しさだと思います。
アスコエ|利用者にとっては、まず何をすればいいのかわからなくなりそうですね。
相川様|そうなんです。市役所としても関係する部署が非常に多くて、すべての手続きを把握している職員はほとんどいないと思います。例えばマンションならある程度想像できますが、商業施設や飲食店が入る複合施設になると、保健所なども関わってきます。そうなると、どの手続きが必要なのかを一人で説明するのは難しい。だから部署をつないで案内していくことになります。
アスコエ|それほど複雑だと専門家が必要になりそうですね。
相川様|実際にいますよ。デベロッパーなどが新しいプロジェクトを計画する際、地元の業者に依頼して「必要な手続きを全部調べてほしい」と依頼することがあります。その人たちが関係する許認可を洗い出して一覧化し、それをデベロッパーなどへ返す。そういう仕事が成立するくらい、建築分野は複雑なんです。
昔は、開発業務課へ相談に来た業者の方に一覧表を渡し、「関係ありそうな部署を回ってください」と案内していました。市役所内を回るだけでなく、内容によっては県の機関まで行かなければならないこともありました。一方、職員側も自分の管轄ではない相談を受けることもよくありましたから、お互いに効率がよい状態ではありませんでした。

「許認可プラットフォーム」構想はこうして生まれた
アスコエ|建築の手続きナビはどのような経緯で始まったのでしょうか。
相川様|令和4年度に市全体で各課からDXのアイデアを出す取り組みがありました。そのとき、私が最初に出したものは「窓口に来る人への回答をAIがやってくれないか」という非常に大ざっぱなアイデアでした。
ただ、その後DX研修を受けるなかで、「そもそも事業者は何に時間を使っているのか」を整理してみたんです。すると大きく3つの工程がありました。
1つ目、必要な許認可を調べること。
2つ目、各許認可の審査基準や必要書類を調べること。
3つ目、申請すること。
建築分野では、この3つすべてをやって初めて手続きが完了します。
そして、「いつでもどこでも調査・相談・申請・審査ができる状態」という理想が生まれました。事業者が一度も来庁することなく、市役所に関する業務を完了できれば、来庁者も電話も減って職員も落ち着いて業務に取り組めるようになります。これが後に目指すことになる「許認可プラットフォーム」構想の出発点でした。

たちはだかる「申請は苦労して当然」という文化
アスコエ|申請者側にとっても職員側にとってもメリットが大きい構想ですね。
相川様|実際にはそうとも言い切れませんでした。当時は「申請は苦労して当然」という考え方がまだまだ残っていましたから。建築の許認可というのは、昔から「申請は勉強して理解するもの」という考え方がありました。事業者も苦労しながら覚える。職員も苦労しながら覚える。そういう文化が少なからずあったと思います。
また、許認可という業務の性質上、判断を誤ると大きな問題になる可能性があります。訴訟につながる リスクもあるので、業務を変えることにはどうしても慎重になります。「みんながラクになるから」という理由だけでは、なかなか取り組むきっかけにはなりにくくて。ただ、私自身はその文化に対してずっと問題意識を持っていました。昭和的な「苦労して当然」という空気を変えていきたい。その思いが、DXに取り組む原動力の一つになっていたと思います。
アスコエ|長年続いてきた風土やリスクを考えると、変えていくにはかなり大きな壁がありそうですね。
相川様|はい、だから進め方もかなり悩みました。本来であれば、まず全体を棚卸しして、必要な手続きを整理して、それからシステム化したほうがきれいです。行政組織としても、そのほうが安心ですし、漏れも少なくなります。
ただ、それをやろうとすると膨大な時間がかかります。建築分野は関係部署も多く、扱う制度も幅広い。すべてを整理し終わるのを待っていたら、いつまでも前に進めないという危惧がありました。
「全部やるために、あえて絞る」という選択
アスコエ|つまり、「何を目指すか」だけでなく、「どう進めるか」が課題だったのですね。
大滝様|はい。そこで私たちが選んだのが、いわゆる“スモールスタート”という考え方でした。ただし、単に小さく始めるという意味ではありません。将来どういう姿を目指すのかを描いたうえで、そこに向かうための最初の一歩を踏み出すという考え方です。ゴールがないまま小さく始めても、その先にはつながりませんから。大切だったのは、リスクを抑えながら進めることと、現場が少しでも効果を実感できることでした。
アスコエ|その第一歩として、なぜ『手続きナビ』を選ばれたのでしょうか。
大滝様|許認可プラットフォームを一度に実現するのは現実的ではありませんでした。そこでまず着目したのが、事業者の業務を構成する3つの工程のうち、「必要な手続きを調べること」だったんです。
事業者にとって最初のハードルは、「自分にはどんな手続きが必要なのか」がわからないことです。まずは、その部分を支援できないかと。
申請や審査まで含めると制度改正や業務変更も必要になりますが、必要な手続きを案内する仕組みであれば比較的取り組みやすい。ちょうど当時、すでに別分野で手続きナビが導入されていましたので、それなら建築分野にも展開できるのではないかと考えました。
アスコエ|数ある分野のなかで、なぜ建築分野だったのでしょうか。
相川様|建築分野は問い合わせや相談が非常に多く、職員も利用者も負担が大きい領域でした。電話や来庁への対応に多くの時間が取られていましたので、改善できれば効果も見えやすい領域でした。
例えば電話が10本かかってきているなら、それが9本になるだけでもいい。1本減ったことで現場が変化を実感できれば、「こういう取り組みも悪くないな」と思ってもらえるかもしれません。DXというと大きな成果を求めがちですが、まずは現場が効果を実感できるテーマを選ぶことが重要だと考えました。

正確さを追求するほど、わかりにくくなる
アスコエ|建築分野を先行して進めることはすんなり決まったのですか?
相川様|いえ、こちらも難航しました。建築手続きは多くの部署が関わります。そのため、「なぜ建築だけ先にやるのか」という納得感が必要でした。他部署からすると、「建築だけを先に進めるなら、ほかの手続きはどうなるのか」という疑問も出ます。
全体構想のなかで、「なぜ建築分野から始めるのか」その位置付けを丁寧に説明しながら進めました。
スモールスタートだから調整がなくなるわけではなく、むしろ限られた範囲だからこそ丁寧な調整が必要だったと感じています。
アスコエ|掲載する範囲や内容を決めるうえで、とくに苦労されたことはありましたか?
渡邉様|建築に関係する手続きは非常に多く、建築確認だけを対象にするのか、開発や道路、土木、水道などの関連手続きまで含めるのかという判断が必要でした。
さらに、建築分野だけを見ても、どこまで網羅するのかという問題があります。すべてを一度に載せることは現実的ではありませんが、対象を絞りすぎると利用者の役に立たない。
そのため、まずは利用頻度や問い合わせの多さ、関係部署との調整のしやすさなどを見ながら、どこまでを対象にするのかを整理していきました。
アスコエ|掲載内容を整理するうえで、とくに難しかったことは何だったのでしょうか。
相川様|行政の仕事は、どうしても「間違えてはいけない」という意識が強くなります。そのため、「こういう特殊なケースもある」「この例外もある」と、めったに発生しないケースまで載せたくなるんです。
もちろん、その気持ちはよくわかります。実際にそのようなケースが発生したときに、「書いていなかったじゃないか」と言われたくないし、「書いておけばよかった」という後悔もしたくないですから。
ただ、そうやって例外を積み重ねていくと、利用者にとってはかえってわかりにくくなってしまうんです。「正確性を目指すこと」と「間違わないこと」は少し違うんですよね。
正確さを優先すると、判断を避けて制度の内容をそのまま載せたくなる。でも利用者が知りたいのは制度の条文でも、網羅されている完璧な情報でもなく、「自分には何が必要なのか」です。だからこそ、「何が伝わればいいのか」を常に意識しながら整理していく必要がありました。そのバランスを取るのは非常に難しかったですね。

「電話したほうが早い」はそう簡単には変わらない
アスコエ|建築手続きナビを公開したことで、利用状況には変化がありましたか。
海野様|正直なところ、現時点で「大きな効果が出ている」とは言いにくいですね。
「電話すれば教えてもらえる」「窓口へ行けば済む」という文化は何十年もかけてできあがったものですから、「まず調べる」を当たり前にしていくには、腰を据えて取り組んでいく必要があると思っています。
アスコエ|今後はどのような取り組みが必要だと考えていますか。
平野様|今の課題は、どうやって手続きナビへの入口を増やしていくかだと思っています。建築分野の場合、実際に手続きを進めるのは事業者であることも多いので、そうした方々に直接知ってもらう取り組みも必要です。業者の方が普段よく見るページとつなげることも必要ですし、相談窓口や関係部署との連携も必要です。

意外な成果は、庁内の共通理解だった
アスコエ|では、現時点で電話件数が大きく減ったわけではないとすると、この取り組みはどう評価されていますか。
相川様|出発点は「電話と来客を減らしたい」でしたので、もちろんそこは意識しています。ただ、現時点では電話件数の増減だけで評価するものではないと思っています。今は、定量的な効果よりも定性的な効果を実感している段階なんです。
例えば、手続きを整理する過程で部署ごとの認識の違いや業務のつながりが見えるようになりましたし、これまで見えていなかった課題も共有できるようになりました。
さらに大きかったのは、手続きを整理できたことですね。記載を求める内容が同じでも部署によって表現が違ったり、説明の仕方が違ったりすることも。手続きを整理していくなかで、「じつは同じことを言っていた」というケースもあったんです。そうした認識を合わせていくこと自体が大きな作業でしたし、結果として庁内の共通理解にもつながったと思います。
相川様|こうした整理は将来の許認可プラットフォーム構想にもつながります。申請をまとめていこうと思ったら、まず業務や用語を整理し、統一化を図らなければいけません。そういう意味では、手続きナビそのものよりも、その過程で得られたもののほうが大きかったかもしれません。
アスコエ|将来のための土台づくりでもあったわけですね。
相川様|そうですね。全部整ってから始めようと思えばできたかもしれません。でも、それではいつまで経っても前へ進めません。ゴールを描いたうえで、まずは小さく始める。結果的には、その判断がよかったと思っています。

2040年問題を見据え、風土と仕組みを変える
アスコエ|最後に、今後の展望について教えてください。
海野様|利用者が本当に求めているのは、手続きが必要だとわかった先の部分だと思っています。
手続きが必要だとわかったら、そのまま相談したい。相談したら、そのまま申請したい。本来はそこまでつながっているほうが自然ですよね。
また、市民ポータルサイト「ふじまど」のなかで、事業者向けの手続きを扱う領域を整備していく構想もあります。まずは許認可の手続きをオンライン上で進められるようにし、その後、建築手続きナビと連携させていく考えです。
相川様|将来的には、手続きナビで条件を選ぶと、「あなたに必要な手続きはこれです」という結果がそのまま「ふじまど」側に連携され、事業者が自分で一つひとつ手続きを選ばなくても申請に進める。そういう姿を目指しています。
2040年に向けて自治体職員は確実に減っていきます。そのときになってから仕組みを作ろうとしても間に合いません。だからこそ今のうちから準備しておく必要があります。将来的には、「市役所へ行くよりオンラインのほうが早い」「電話するより調べたほうが早い」。そんな世界が当たり前になるかもしれません。
藤沢市市民ポータルサイト「ふじまど」
https://fujimado.city.fujisawa.kanagawa.jp/ctz
編集後記
今回の取材を通じて印象的だったのは、スモールスタートが決して「簡単に進めるための方法」ではなかったことです。
一般的には、小さく始めることで負担やリスクを減らす考え方として語られます。しかし藤沢市の事例では、「なぜ建築だけなのか」「どこまでを対象にするのか」「例外ケースをどこまで載せるのか」といった、絞り込むゆえの調整や判断が次々と求められていました。
つまり、藤沢市にとってのスモールスタートとは、単に「小さく始めること」ではなく、「不確実さを受け入れながら一歩を踏み出すこと」だったのかもしれません。
また、手続きを整理する過程で部署間の認識を合わせ、将来構想に向けた土台づくりまで進んでいた点も興味深く感じました。数字には表れにくいものの、こうした積み重ねこそが、将来の許認可プラットフォーム構想につながっていくのだと思います。



