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2022年10月5日

「ナッジ」は“人のココロ“に基づいたアプローチ手法。ダイバーシティ社会で力を発揮!【ナッジ①】

ナッジ(nudge)とは、行動科学などの実証的な研究成果を踏まえて、人々がどのような選択を行うのかを分析するアプローチ手法です。ここでは、このナッジの概要およびナッジ理論がいま注目される理由、ナッジ理論のフレームワークEASTについて、悪いナッジ「スラッジ」について紹介します。

ナッジとは

ナッジとは?
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ナッジ(nudge)には、「人の注意を引いたり、合図を送るために、肘で軽く突く」という意味があります。「そっと後押しする」「背中を押す」という意味でも使われるようです。行動科学などの実証的な研究成果を踏まえて、人々がどのような選択を行うのかを分析するアプローチを「行動インサイト」といいます。

そして、内閣府発信の「ナッジとは?」によると、このような行動科学の知見を活用して、人々がそれぞれ自発的に、自身にとってよりよい選択を行えるように「そっと後押しする」政策手法を「ナッジ」と呼びます。

このナッジ理論は、その提唱者のひとり、米国シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が、2017年にノーベル経済学賞を受賞したことで、世界からより一層の注目を浴びるようになりました。米国でベストセラーとなった同大学法科大学院のキャス・サンスティーン教授との共著「実践 行動経済学(原題:Nudge)」では、ナッジを以下のように定義しています。

選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素

和訳の引用元/「ナッジとは?」日本版ナッジ・ユニットBEST

また、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所の齋藤長行氏は、第312回消費者委員会本会議の資料において、「選択者の自由意思に全くあるいはほとんど影響を与えることなく、それでいて合理的な判断へと導くための制御、あるいは提案の仕組み」と、より平易な解釈を提示しています。

行動経済学領域の「ナッジ」理論が注目される2つの理由

行動経済学領域の「ナッジ」理論が注目される理由
従来のアプローチと「ナッジ」のアプローチとの比較

ナッジ理論は、行動経済学に分類されます。そして行動経済学は、従来の経済学に心理学的な要素を融合させて、人の行動や判断を研究対象とする新たな領域の経済理論です。いわゆる伝統的な経済学では「人間の行動や判断は合理的なものであり、もっとも利益が得られるような行動をする」ことを前提としています。

対して行動経済学では「人間は情報や感情に流されて動く」ということを前提として、必ずしも合理的ではない人間の行動や判断を解明しようとします。ここでは、行動経済学に分類されるナッジ理論が注目されている理由についてみていきます。

理由1|「行動インサイト」にもとづいたアプローチ

行動インサイトは、人間の行動を観察することで、その心理的な傾向を分析し、理論的に体系化しようという行動経済学の技法です。人間の行動や心理的な傾向については、これまでにも多くの考察がなされてきました。たとえばOECD(経済協力開発機構)は、人間には時として合理的とはいえない判断をしてしまう行動バイアスが生じることを例示しています。以下、抜粋して紹介します。

選択肢過多/情報過多

複雑で厖大な情報や多すぎる選択肢を前にすると、人はそれらの選択肢を無視したり、選択すること自体をやめてしまうという傾向があります。また、人はより単純な目安や経験則などに依存しようとする傾向もあります

フレーミング

本来は、同じ内容を示しているにもかかわらず、情報の提示(表現)方法によって、その受け止め方が変化し、異なる選択をしてしまうことがあります。たとえば、手術で失敗する確率は10%と提示される場合と、成功する確率は90%と提示される場合では、受け止め方が異なり、その評価や選択などの意思決定に影響します。

アンカーリング

アンカーリングは「錨を下す」「係留する」ことを意味します。人は、最初に与えられた情報によって、身動きがとれない状態に陥ることがあります。追加の情報が提供されても、当初の認識を柔軟に調整することができずに、初期の判断に近い選択をしてしまいがちです。

デフォルトと現状維持効果

人の行動や意思決定は、その人が所属する特定の社会またはグループの価値観、行動や期待に影響されます。

理由2|報酬や刑罰以外で行動変容を促す

ナッジ理論では、経済的なインセンティブ(報酬)を与えたり、罰則などによって選択を禁じることなく、人々の自発的な行動変容を促します。この考え方は、公共政策に取り入れやすいものであると同時に、あらゆる業界において成熟が進み、他社との差別化に困難を抱えるビジネス界においても注目を集めています。

たとえば、消費者の社会的な属性を切り口としたセグメンテーションを行い、自社の製品やサービスがターゲットとする購買層の消費行動を把握するためのマーケティング施策を実施することがあります。ところが、人々のライフスタイルや価値観の多様化が進み、どのような分類を試みても、その傾向が掴みにくくなっています。

このような状況において、人が意思決定する際の環境をデザインし、自発的な行動変容を促すというナッジの理論が、優良顧客の獲得につながると考えられています。

ナッジ理論のフレームワーク「EAST」

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ナッジ理論には、いくつかのフレームワークがありますが、ここではイギリス政府がナッジ理論を活用するなかで、とくに効果のあった施策を4つにまとめた「EAST」というフレームワークについて紹介します。

Easy(かんたん)

わかりやすくシンプルなメッセージで伝え、手間を省く設計とすることで、行動へのハードルを下げることができます。たとえば、アンケートを実施する際に、回答を記述させるのではなく選択式にしたり、選ばせたい項目を初期設定としておくことで、難易度を下げるようにします。

Attractive(魅力的)

魅力的で、印象的な選択肢を用意することです。何らかの行動を起こすきっかけとして、魅力的な画像や印象的な色彩で注意を引くことも大切です。また、企業内では、成果を出した社員への表彰制度を設けるなど、金銭面以外のご褒美を用意することも有効です。

ちなみに、人には何かを得ることの喜びよりも、それを失うことの痛みのほうをより大きく感じるという傾向があるようです。消費行動に対して付与されるポイントに失効期限を設けることで、ポイントを失うという痛みが、ポイントを使うためにお店に行くという行動を促します。

Social(社会的)

多くの人が、ある行動や選択をしているという認識は、その行動や選択をするという動機を強化することになります。他の人たちが、どのような行動をとったかを伝えることが、その行動への誘因になるのです。行列ができている店に並んでみたくなるのも、社会的な行動バイアスがはたらくためでしょう。

Timely(タイムリー)

適切なタイミングで行動を促すことです。社会人になった、結婚をした、子供が生まれた時などに、生命保険に加入する人が多いといわれています。行動を起こすにはタイミングというものがあり、受け入れやすい時期にタイムリーな提案を行うことが大切です。

悪いナッジ「スラッジ」とは?

悪いナッジ「スラッジ」
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「スラッジ」は英語で「Sludge」と表記し、汚泥やヘドロという意味があります。行動経済学では「ナッジ」の正反対の状態を指すものとして用いられています。ナッジは、本人にとって有益な方向に行動するように後押しをして、社会として望ましい方向に人を導きますが、スラッジは、本人にとってよりよい選択にならないように人を誘導しようとします。

2018年に、この悪いナッジをスラッジと名付けたリチャード・セイラー教授は、公共部門・民間部門を問わずスラッジを一掃するよう働きかけています。スラッジには、以下の2種類があります。

不利な方向に行動を誘導する「スラッジ」

インターネット上のショッピングサイトなどには、ユーザーを意図的にだますために設計されたインターフェイスが存在します。これを「ダークパターン」と呼んでいます。

たとえば、有料オプションの追加などが、デフォルトで選択された状態になっていたり、購入ボタンよりも定期購入のボタンのほうが目立つようにデザインされているなど、さまざまな例が見られます。これらはユーザーの行動を不利な方向に誘導するスラッジとして、世界的に問題視されるようになり、すでに規制の対象としている国もあります。

有利な行動をとることを妨害する「スラッジ」

返品や解約の手続きなどが複雑で、わかりづらい設計になっているなど、本人がとりたいと思っている行動が阻害されるようなものも、それが意図的かどうかに関わらず「スラッジ」といえます。このため、行政や企業が提供するサービスやそのための手続きにおいて、スラッジとなっていないかを、ユーザーの視点からチェックし、改善していくことが大切です。

既存手法と区別が難しい「ファジーナッジ」も要注意

ファジーナッジとは、「ナッジ」と呼んでいいのか曖昧な手法のことを指します。ナッジとして紹介されている多くの事例のなかには、スラッジのような問題は抱えてはいないものの、既存の手法との違いが曖昧であったり、行動科学の知見に基づくものであることに疑問が残るような手法が見られます。これらに批判的な意味を込めて、「ファジーナッジ」と呼ぶようになったといいます。

ナッジは、人々に自発的な行動の変容を促す手法であり、人々は無意識のうちに特定の行動をとっていることもあります。ナッジの活用にあたっては、このような特性にも配慮し、誘導しようとする行動や選択が、果たして対象者にとって望ましいものであるのかどうかを十分に検討すべきでしょう。そして、より有意義な達成目標にナッジが活用されることで、より豊かで人間らしい社会が実現することを期待したいと思います。

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