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2026年5月12日

法令は「読むもの」から「実行するもの」へ― Rules as Code Europe 2026の報告と日本への示唆

はじめに

法令のデジタル化というテーマにおいて現在、欧米やオセアニアなどのデジタルガバメント先進国を中心に起きている変化は、パラダイムシフトを起こす可能性があります。法制度そのものの作り方だけでなく、社会のあり方を見直す動きへと大きくシフトしています。

2026年3月に、EU主催の、EU加盟国向け「Rules as Code Europe 2026」が開催されました。このカンファレンスに、Rules as Code専門委員として招待を受け、参加をしてきました。カンファレンスでの議論をもとに、世界がどのような思想で法令の機械化に向き合っているのか、そして日本にとっての示唆は何かを整理します。

Rules as Code Europe 2026

生き残り戦略としてのRules as Code ー欧州委員会出版局からのキーノートー

カンファレンス2日目、キーノートスピーチとして、欧州連合出版局のHilde Hardeman局長が登壇しました。彼女から示された戦略レベルでのRules as Code 政策として、特に印象に残ったキーワードがあります。それは、EU及びEU加盟国は、中央政府自体が、よりオープンで、よりイノベーティブ で、よりアントレプリナーな組織へと変わらなければならないという切迫感でした。

Rules as Code とは、単なる技術開発として捉えるのでは不十分であり、社会を規定する法制度そのものをどう現在社会に合わせて変革していくかという明確な戦略的ビジョンとの融合が必要です。これは同時に、Rules as Code コミュニティ の形成が必須となります。このコミュニティとは、ITエンジニアやシビックテックエンジニアを集めたRules as Codeハッカソン・コミュニティを指すのではなく、法制度の運用に関わるレイヤーごとのコミュニティ形成を仕組み化していくことが強調されていました。

もし国政府が法制度のデジタル化を本気で実現したいのであれば、この取り組みは中長期的な「生き残り戦略」レベルの政策として最高レベルで位置付ける必要がある、というものでした。

私たちは「本当の法令」を見ていない

この点から鑑みて、まず前提に、ある「問い」があります。これは非常に基本的でありながら重要な問いです。それは「私たちが普段見ている法令は、本当に法的一次情報なのか」というものです。

実務で参照されている法令は、多くの場合「溶け込み」と呼ばれる形で整理されています。これは、改正された条文を元の法令に差し込み、全体として読みやすく再構成したものです。しかし、日本の法制度において法的効力を持つのは、あくまで官報に掲載された個別の法令であり、整理された状態のものではありません。

一部改正法が主流である法制度において、法は非常に細分化されています。法令の条文という一部だけが改正され、それ自体が一つの法として成立するため、法令の全体像を把握するには、複数の法令を組み合わせて理解する必要があります。

この法制度構造により、次のようなギャップが生まれています。

  • 人が理解しやすい形の法令は「正本ではない」
  • 正本は断片化されており、全体像が把握しづらい
  • 実務ではその両者を行き来せざるを得ない

さらに、国の統治形態が法治国家となってきた歴史のなかで、我が国も150年の法令を内包した社会システムを運用する必要があります。この歴史により、法令という情報量・データ量が膨大になっているという側面と、前述した高度な専門性と複雑性とが絡まりあうなかで、私たち国民が法制度を正しく理解しながら、マニュアル的な手法で社会制度を運用することは限界に近づいている、という事実があります。すなわち、すでに「人が読む前提で設計された法制度」の運用手法が、限界に近づいていることが見えてきます。

私たちは「本当の法令」を見ていない

法令は時間のなかで動く(Point in Time)

もう一つの重要な論点が、「ポイントーインータイム(Point in Time:PIT)」と呼ばれる問題です。
 法令は公布された瞬間に存在しますが、実際に効力を持つのは施行日からであることが多く、そこに時間差が生じます。

例えば、児童手当の改正のように、公布から数ヶ月後に施行されるケースでは、その間に自治体はシステム改修や業務変更を完了させなければなりません。つまり、法制度は「未来に向けて発動する条件付きのルール」として存在しているのです。

この構造は、人間による運用でも負荷が高く、機械的に扱おうとするとさらに複雑になります。単にデータとして保持するだけではなく、「いつの時点で、どのルールが有効なのか」を管理する必要があるためです。

法令は時間のなかで動く(Point in Time)

Rules as Codeという発想

こうした課題に対して現在注目を浴びているのが「Rules as Code」という技術、また考え方です。

従来の行政システムは、法令を人間が読み、それを仕様書に落とし込み、さらにエンジニアがシステムに実装するという多段階のプロセスを経ていました。この過程では、解釈のズレや実装の差異がどうしても発生します。

これに対しRules as Codeでは、法令そのものを「機械が実行できる形」で表現することを目指します。これは元々、法令やルールの表記構文が、プログラミングコードに近しい構造となっていることから、一部のエンジニアたちが既存の法令に対して着手していたものでした。重要なのは、現在世界の先端数カ国で始まっているものが、Rules as Codeの仕組みを、既存の法令に対して後工程で行うのではなく、法案起草の段階から人間向けの法案文章と機械実行可能であるデータ作成とを並行して作る「コー・ドラフティング (Co-Drafting)」というアプローチが取られ初めているという点です。

つまり、法制度設計とシステム設計を分離せず、最初から一体として扱うという発想です。

欧州の現在地:実証から実運用へ

今回の会議で特に印象的だったのは、「Rules as Codeの実証段階は終わった」という共通認識でした。Rules as Codeは概念的や学術での基礎研究的な議論の段階を越え、実際の行政システムに組み込まれ始めています。

例えばオランダでは、約200の税業務システムにおいて、Rules as Codeで記述されたルールが実際に運用されている、という報告を聞きました。従来のようにエンジニアだけが理解できるコードを使った業務システムではなく、弁護士資格を有する法制度担当者とコー・ドラフティング (Co-Drafting)されたRules as Codeを組み込み、や窓口職員でも理解可能な形でルールが表現されているというものでした。

これは単なる技術の進展ではなく、「法制度を誰が理解し、誰が扱うのか」という前提そのものを変える動きです。

AIとの関係:役割は明確に分ける

AIとRules as Codeと法令の関係性やあり方についての未来思考的な議論も多く行われていましたが、その位置づけは非常に明確です。

Rules as Codeのエンジンは、入力と出力が明確で再現性のある「計算式」として機能します。一方、生成AIは柔軟な出力を高速で生成できるという効率性に長けた機能があり、同じ入力でも結果が変わるとしても活用しない手はない、そのために我々はどうAIを組み込んでいくのか、というテーマでした。

二日間にわたる数々の発表をまとめると、欧州では、法令分野においてAIは以下のような用途で活用されていることが窺い知れました。

  • 法令をはじめとするルール関連データをエンジンに組み込んだ際の検証
  • Rules as Codeを運用する際のパラメータ更新作業の効率化
  • 法令間の矛盾(バグ)の検出

ただし重要なのは、意思決定をAIに委ねることは一切しないという点と、AIによる生成物をそのまま社会実装しない、という点を繰り返し述べていました。AIの出力はあくまで提案であり、必ず法令の専門家による確認が入る「Human in the Loop」が前提となっていることが、全てのセッションにて協調的に議論されていました。

AIとの関係:役割は明確に分ける

日本への示唆:その1 ーなぜEUはここまで進めるのか

さらに、EUによるRules as Codeへの取り組みの背景には、明確な戦略があることが見えてきました。EUにとってRules as Codeは、単なる行政効率化ではなくEUの「デジタル主権」を守るための手段の一つであろう、という点です。

これはカンファレンスのなかで明確に発表されたものではありませんが、会議の間のコーヒーブレイクでの対話や質疑応答での内容から、EU市民のデジタル空間がアメリカ企業や中国企業のデジタルプラットフォームに依存する状況のなかで、EUとその加盟国は、自らの法制度とデータを自らのルールと自らの環境で運用できる状態を維持する必要がある、という切迫感を持つ背景が窺い知れました。法令自体を機械的に実行可能な形にすることだけが目的ではなく、EU圏内全体を、法令のレイヤーも含めて、相互運用性(インターオペラビリティ)を確保することが不可欠であり、デジタル圏内におけるEUのデータ主権の確保が必須。

この方針はすでにEU法として規定されており、EU政府による研究開発予算配分における要件にも影響するなど、政策として強く推進されています。

なぜEUはここまで進めるのか

日本への示唆:その2 ー日本の現状

日本においても、デジタル庁の旗振りによる官報の電子化や法令データの整備など、重要な取り組みは着実に進んでいます。

注意すべき点として、「日本語の特殊性」や「日本の社会文化」を理由に独自路線に進むリスクがあるかもしれません。言語の違いは確かに存在しますが、世界の法令デジタル化領域における技術標準や国際政治動向から離れることなく、結果的に国際社会に日本からの知見を打ち出すことができる可能性を、追求することが重要だと考えます。

「 法制度の運用」と「情報技術」との「動的社会への最適化」へのパラダイムシフト

地方自治体や現場レベルでは依然としてマニュアルPDFやテキストを前提とした法制度運用が多く、これをそのままAIに読み込ませるだけでは根本的な解決にはならないという認識も共有されていました。この議論を通じて明確になったのは、問題の本質は生成AIの技術成熟度よりも、「法令データのモデル構造」にあるという点です。

法令や法制度が、

  • 利用者の適格性
  • ワークフロー
  • 機械可読な根拠文書

 を瞬時に正確に誰であっても判断しうるような情報に構造化し直す、というパラダイムシフトがおきており、情報を法令規制の利用者起点で整理しなおし、さらにこうしたルール規範の文章が、機械可読なデータとして整備されていなければ、せっかくのAI技術のメリットを最大限享受することができません。


最後

Rules as Codeは、単なるIT技術ではありません。
 それは「法制度をどのように設計し、どのように実行するか」という根本的な問いに対する新しいアプローチです。

法令を読むものとして扱うのか、それとも実行可能なものとして設計するのか。この違いは、法令根拠に基づいた事務を所管する行政組織のあり方そのものを変える可能性を持っています。

この観点で見ると、行政サービス情報を根拠法令まで遡って分解し、住民に分かりやすく再構成するとう行政サービスカタログというデータ基盤整備は、すでにRules as Codeの思想と重なっています。つまり、日本でも気づかないうちに同じ方向に進んでいた部分があると言えます。日本自治体における日々の業務の中で行われている取り組みの中に、この兆しが含まれているとも言えるでしょう。

今後求められるのは、技術の導入そのものではなく「法制度そのものをどのようにデジタル社会に適合させてデータ化するか、構造化するか」という視点です。その視点を持つことが、これからの行政や社会のあり方を考える上で、ますます重要になっていきます。

 

北野菜穂(アスコエパートナーズ)
この記事を書いたのは:

早稲田大学大学院、米国、中国他の大学にて社会システム理論研究。 ロボットベンチャー創業後、2014年まで同社代表取締役社長。2017年より株式会社アスコエパートナーズに参画。現在同社取締役及び一般社団法人ユニバーサルメニュー普及協会事務局長。 欧州のISA2CPSV-AP事業、エストニア政府との国際標準行政サービスカタログ開発事業、内閣府スマートシティ都市OS事業、自治体デジタルガバメント事業、経産省共通語彙基盤推進事業などに従事。

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