行政の「引越しサービス」を構築した“デザイン思考”を検証【ワンストップサービス①】
- category : GDX ナレッジ #手続・申請
- writer : GDX TIMES編集部
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引越しに伴う膨大な手続きを、一度にまとめて行えるようにするのが、引越しワンストップサービスです。引越しに関わるすべての人や企業にとって使いやすいものとするためには「サービスデザイン思考」に基づく取り組みが不可欠となりますが、今回のサービスの構築にあたって、それがどのように機能したのかを検証したいと思います。
ワンストップサービスとは
ワンストップサービスの具体的な取り組みについて紹介する前に、ワンストップサービスとは何か、その構築に向けて不可欠な考え方について整理します。
行政の枠を超えて、手続きをまとめて行えるサービス
行政機関に限らず、民間企業を含めて、複数の機関、部署や窓口に分散していた関連するサービスや手続きを、一カ所でまとめて提供することを、「ワンストップサービス」といいます。「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」でも、デジタル社会の実現に向けた行政デジタル化の推進策として、ワンストップサービスを含む以下の「デジタル3原則」への取り組みを喫緊の課題としています。
①デジタルファースト:個々の手続き・サービスが一貫してデジタルで完結する
②ワンスオンリー:一度提出した情報は、二度提出することを不要とする
③コネクテッド・ワンストップ:民間サービスを含め、複数の手続き・サービスをワンストップで実現する
世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画
ワンストップサービスの構築に不可欠な「サービスデザイン」という考え方
引越しや介護、死亡・相続などのライフイベントを迎える際には、行政・民間の数多くの窓口での手続きが必要になります。これらの手続きに伴う負担やサービス提供者の業務を軽減するために、ライフイベントごとに多くの課題が存在しますが、ワンストップサービスの構築に向けては、手続全般を、利用者を起点とする「サービスデザイン思考」で設計することが求められています。 サービスデザインについては「サービスデザイン|日本は後進国!? 行政サービスに「サービスデザイン」を取り入れるポイント」の記事もお読みください。
今回は、ワンストップサービスの実現に向けた具体的な取り組みとして、引越しワンストップサービスを紹介します。
年間530万人の「引越し」で発生する膨大な手続き
現在、国内では年間530万人以上の引越しが発生していると推計されます。官民の各窓口で類似するような業務を個別に対応しているので、引越し者は、行政および民間事業者の異なる窓口に、同じような情報を都度提出する必要がありました。家族構成や所有物によっても異なりますが、最大40以上の手続きが発生しているとされ、手続きごとに業務対応を行う行政機関や民間事業者にとっても大きな負担となっていました。
これらの負担を軽減するために、引越しワンストップサービスの実現に向けた取り組みが進められてきましたが、この取り組みが、どのようなプロセスをたどってきたのかを見ていきます。
幅広い関係機関・関係者がワークショップに集結
引越しというライフイベントに際して、必要となる膨大な手続きを一括で行うしくみをつくり出すためには、多岐にわたる手続きの関係機関など、幅広い関係者の意見を集約して反映しながら、検討することが必要になります。この検討のために、内閣府は官民の関係機関が一堂に会するワークショップを開催しました。新サービスの実現策の検討にあたったのは、以下の6チーム、37名の参加者でした。
- 関係省庁(9名)
- 地⽅⾃治体(4名)
- ライフライン関係(5名)
- ⾦融機関関係(3名)
- システムベンダー(3名)
- ポータル事業者(5名)
- その他(8名)
このワークショップでは、引越しをする利用者が必要な手続きを一括で行うための総合窓口となるポータルサービスを民間事業者が構築することとし、ワンストップサービスの実現を目指した前向きな議論がなされました。
課題整理のポイント①|手続きの関係性を俯瞰で把握
前述のとおり、ワンストップサービスの構築にあたっては、手続全般を、利用者を起点とする「サービスデザイン思考」で設計することが求められます。サービスデザインでは、「ダブルダイヤモンド」と呼ばれる「発見〜定義」「開発〜実現」のそれぞれのフェーズにおいて、「発散」と「収束」という2つの思考を繰り返しますが、引越しワンストップサービスのプロジェクトはこの考え方を踏襲し、以下のように議論が進められました。
各手続きのタイミングや関係性の洗い出しで全体像を把握
個々の手続きについて具体的に洗い出すだけではなく、それぞれの手続き間の関係性やタイミングなどを明らかにしようとしました。このことによって、個別の手続きの効率化ではなく、サービス全体のあり方について議論することができました。
可視化で、各ステークホルダーの立場や課題を理解
可視化されたサービスの全体像を共通認識として議論を重ねることで、それぞれのステークホルダーの立場や課題への理解を促し、全体最適を実現するための方策について前向きな議論を行うことができました。
負荷の定量化で論理的に課題を整理
それぞれの手続きに伴う負荷を定量化することで、優先的に解決すべき課題を導き出すなど、論理的に課題を整理し議論することができました。
課題整理のポイント②|インターオペラビリティ確保のためにデータ共有を3段階に
三段階のうち「共通領域」は、すべてのポータル事業者が守るべきデータ構造の領域です。次の「協調領域」は、すべての参加者にとって必要ではないものの、一部の事業者間では共有することが可能になる領域です。データが持つ意味や取り扱いが同一で、事業者同士が協力して価値向上に取り組めるサービス分野においては、データ構造の統一を図ることになりました。
一方、異なるサービス分野間ではデータが持つ意味や取り扱いが異なる場合もあり、利用者向けサービスの考え方などは事業者ごとに異なります。このように、他の事業者との差別化を図り競争力を発揮すべき領域を「競争領域」としました。この分類によって、参加各社の優位性を損なうことなく、利用者にとって使いやすいサービスを目指しています。
引越しサービスのソリューション例
前述したプロセスを経て生まれた「引越しサービス」におけるソリューションの数々を紹介します。
①手続きのナビゲート
引越しに関する手続きは、手続きの数も多く、生涯に何度も必要となる手続きではないために「⼿続きの全体像がわからない」「⼿続きに必要な書類や申請期限等がわからない」などの理由から、⼿続きの申請漏れが発生してしまうことが危惧されていました。
<対応策>
本⼈や家族に必要な⼿続きや届出先の⼀覧、⼿続きに関する詳細情報などをオンラインで案内しています。
②行政手続きのオンライン事前申請
引越しに伴う⾏政⼿続きの多くは、窓⼝に出向く必要があります。ところが、とくに引越しが集中する時期には、⾏政機関の窓⼝が混雑するために、窓⼝を訪れても長く待たされてしまい、⼀度で⼿続きが完了しないことがありました。
<対応策>
住⺠異動届の申請に必要な事項について、パソコンやスマートフォンからオンラインで事前に申請することができるようになりました。窓⼝では、申請時に受け取った受付番号を伝え、本人確認と申請内容を確認するだけで、手続きを完了させることができます。
③民間手続きのオンライン一括申請
引越しに伴う民間手続きでは、氏名や旧住所、新住所といった同様の情報を電気・ガスなどのサービス事業者ごとに届ける必要があります。 何度も同じ情報を⼊⼒するための⼿間と時間がかかっていました。
<対応策>
それぞれの⼿続きに共通する⽒名や住所等の申請項⽬について、オンラインでまとめて申請することができるようになりました。
引越しワンストップサービスの実現に向けては、上図の各種手続きへの案内・誘導機能を備えた引越し手続きポータルを民間事業者が構築することを想定しています。今後は、ポータル運営事業者と手続きの受け手となるサービス提供事業者や行政窓口との協業体制を強化し、一括対応が可能な手続きを増やしてサービスの網羅性を高めていくことが期待されます。