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デジタルと学びをつなぐ:第4回 子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップ(前編)
- category : AUKOE の コエ #子育て
- writer : GDX TIMES編集部
GIGAスクール構想の中、教育現場にも大きな変化が訪れ、それに伴い「情報モラル」教育や、情報やICTをうまく活用して情報社会に働きかけるための「情報活用」の必要性が高まっています。そこで、学校で子どもたちがそれを学ぶことができる教材「GIGAワークブックかまくら」の開発に関わったお三方に開発の背景やそこに掛ける思いを伺い、子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップに迫ります。
◆「Passeggiata con KITANO! ~コエとコエを紡ぐ~ デジタルと学びをつなぐ」特集ページはこちら
Passeggiata con KITANO! ~コエとコエを紡ぐ~ デジタルと学びをつなぐ
デジタル化が進む教育現場。人間の成長における「学び」とは?という原点の問いを、学校現場にいる子どもたちや先生も含む、学び・教育業界へと繋げていきます。
Presented by株式会社アスコエ・パートナーズ 取締役 北野菜穂
◆ゲスト
岩岡寛人様
鎌倉市 教育長
塩田真吾様
静岡大学教育学部 准教授
西尾勇気様
一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長
北野:
まず皆様のご経歴や今のお仕事について、ご紹介ください。
岩岡様:
文部科学省に社会人1年目から入省して、幼児教育の無償化、小中一貫教育を行う義務教育学校という制度を作るなど、多くのことに取り組んできました。制度を作っておしまいではなく、どれだけ役に立つか、それを使って社会インパクトを生み出していくのかというところに注目して仕事をしていたところ、鎌倉市の松尾市長から、「教育長をやらないか」とお誘いを受け、現職に至っています。
社会の変化が激しくなり、いろいろな教育上の要請が学校に流れ込んでくるのですが、それを実際に実現するためのリソースを学校現場に与えられてないのではないかということが、私の基本的な課題意識です。今は、例えばいろいろな企業や大学、NPOなどと学校が連携するための持続可能な資金作りということで「鎌倉スクールコラボファンド」 という、ファンドを立ち上げたり、などさまざまなことに取り組んでいます。
まさにそのコラボレーションの一つとして、子どもたちが飛び込んでいくICTの教育環境作りをどなたか一緒にやっていただけないかと探したときに、情報モラル分野で、LINEみらい財団さんや塩田先生に出会い、連携させていただいたというような経緯です。
塩田様
私は2009年に静岡大学に着任しまして、もう14年くらい静岡大学で研究しています。特にLINE社とは2014年から情報モラルの共同研究をさせていただいていまして、現場の先生方に使っていただける教材を作りたいというのが大きな研究室のテーマになります。研究したことを、教材という形で、学校の先生方に還元させていただく、それを現在はLINEみらい財団において一緒に研究させていただいており、今回のプロジェクトもその一環になるかと思います。
西尾様:
私は2010年に株式会社ライブドア(会社再編によりLINE株式会社に合流)に入社しました。LINEというアプリケーションがスタートする際にもLINEサービスのマーケティング業務などを担当していたのですが、2015年に社内でCSRの活動をしている、公共政策室(現CSR戦略室)のことを知り、非常に興味を持ち、魅力を感じて異動希望を出しました。
2015年に公共政策室に異動となり、塩田先生との共同開発の情報モラル教材第2弾(「楽しいコミュニケーション」を考えよう!)の着手から参加させていただき、その後は、教育分野、特に情報モラル教育に関する取り組みに関わっています。2019年12月にLINEみらい財団が設立され、現在はLINEみらい財団において教育関連の取り組みを行っています。
LINEみらい財団の準備段階から関わってはいましたが、未来の子どもたちの教育といえる分野に関しては全く素人のところから始まりまして、それまで自分が向き合ってきたお客様やユーザーとはかなり異なる分野だったので、当初は塩田先生に作っていただいた教材で実際に私も学校で授業させていただきながら取り組んできました。最初の頃は多いときで年間120回ぐらい授業をしたことも。2015年からなのでまだ長い経験があるわけでないのですが、現場を拝見しながらやっています。
「SNS東京ノート」とは?
北野:
今回のテーマ、情報活用能力が、GIGAスクールの推進の基盤の一つとして注目されていると思いますが、まず、なぜLINE社(現在はLINEみらい財団に移管)が東京都と共同開発をしようと思われたのか、「SNS東京ノート」 の開発プロセスや当時の目的、参加されていた西尾さんの思い等を、ご共有、ご紹介いただきたいと思います。
西尾様:
「SNS東京ノート」が始まる前の話になりますが、もともとまずLINEというコミュニケーションアプリがスタートしたのが2011年6月です。
その後、ユーザーが増えてゆく中で、SNSを介したいじめが社会問題化したことなどが、我々が教育分野に取り組むきっかけのひとつになっています。CSRの観点で、自社のサービスの中で社会的な影響を与えるものに対して向き合い、LINEが広く利用される中でどんなトラブルが発生するかというところからまず「調査・研究」がスタートしました。
塩田先生にもご協力いただいて、コミュニケーショントラブルに関連する情報モラル教材を複数作っていただき、我々もその教材を使って直接学校現場でこの教材を活用した啓発活動をスタートしたという経緯があります。
全国的に活動をしている中で、この教材やLNEの取り組みが自治体からも注目されるようになりまして、まず東京都と情報交換が始まり、LINEと静岡大学と共同で教材を開発したいというご相談を受けました。実際には、東京都とLINE社で「SNS東京ルール」という、プロジェクトが始まり、そのプロジェクトの中で「SNS東京ノート」が生まれました。
その後、全国複数の自治体から「この教材をそのまま使いたい」というお問い合わせを多くいただいたため、他の自治体でもご活用いただけるように、このSNSノートの汎用版をオンライン上に掲載しました。これにより、自治体だけではなく、学校や現場の皆様に広く無償で使っていただけるようになりました。
北野:
子どもたちがインターネットの特性を理解し、より適切なSNSやネットとの関わり方について考えるための教材として、「SNS東京ノート」に着手された、ということなのですね。このような開発成果を、クローズドに事業化・収益化するというご判断もあり得たのではないかな、と思うのですが、当時、LINE社内ではどのようなご方針だったのでしょうか?
西尾様:
まず第一にLINEが日本で広がっていく中で、我々はそこで発生する問題に対していち早く向き合わなければいけないという思いがありました。事業化やビジネス化ということではなく、積極的にトラブルが起きないような世界を考えることが非常に重要なタスクであるという認識だったと思います。
この活動自体、コロナ前だと、1年間で2500校ぐらいの学校にお伺いして授業をしていた時期もありました。これを言うと皆様、驚かれます。また、これらを無償でやっているということにも驚かれることも。青少年含め多くのユーザーにLINEを利用いただいているということを考えると、社会的責任に向き合っていかなければならないという思いのほうが強かったと思います。
「GIGAワークブックかまくら」が生まれた背景
北野:
インターネットが誰でも使える、ということにより、組織ではなくて個人レベルで、また、クローズ・非クローズにかかわらず、デジタル空間で匿名でも対話(コミュニケーション)ができる環境ができたというのは、子どもたちにとって、正に新しい世界への入口ですよね。
先ほど鎌倉市の岩岡様から、そのような状況が教育現場にもそのまま流れ込んできてしまうということについて、その要請に対応できるリソースを整備していきたいというお話がありました。鎌倉市でLINEみらい財団や塩田先生と一緒にやってこられたプロジェクトの内容やその成果、思いについてご共有いただけますか?
岩岡様:
変化していく社会に日本がきちんと適応していくためには、子どもたち自身が学習を調整したり、変化をしたり、アウトプットの姿を学び続けながら変えていかなければならない…それが今、教育界全体が感じている危機感だと思うんですよね。これまで学校という場所では、学びの提供者は先生だけでした。先生が学びを提供して、子どもたちが教わる状況から、子ども自身が学習の主体となって自分で学んでいく状況に変わっていかなければならないという考え方をみんなが持っています。それの一つの手段としてICTが入ってきたと思っているんですよね。
これまで図書館にある本でしか調べたり学習したりできなかったことも、ICTを使うことで自分が関心を持った方向に学んでいけるし、これまで先生が誂えた人にしか会えなかったけれど、GIGAスクール構想でICTを使うことでいろんな人との関わりを生み出していけます。動画やパワーポイントなどいろいろなアウトプットの形も可能になる、そういうツールが子どもたちの手に渡ったわけです。
これは教育を考える上では革新的なことだし、本当に素晴らしいことが起こっているなというふうに思う一方で、生産者になっていく過程ではどうしても子どもたちはいろんな失敗をしてしまいます。
例えば他の子どもが作った作品についてクラスルームで交流をするときに、対面で言ったら傷つかないような言葉でも、オンラインのチャットでは誰かを傷つけてしまうようなことも出てくるわけです。すごく一生懸命調べたものに対して「真面目~」というコメントも、対面でニコニコしながら言えば傷つかないけれども、タイムラインで「真面目」とだけ書かれるとすごく否定されているような気持ちになったり、それがどんどん行き過ぎていくといじめられているという感覚になったりするかもしれません。
また、写真や動画を積極的に自分で記録として撮り始めると、撮ってはいけない写真を撮ったり、人が嫌がるような使い方をしたりするような失敗が出てきます。それを寛容な目で、見てあげればいいのですが、そういう事件が起きていくと、どんどん使い方を狭める方向にベクトルが進んでいってしまうんですよね。
親御さんも不安になるし、学校の先生も不安になるし、「やっぱりICTあんまり使わないほうがいいんじゃないの」「休み時間は出さないほうがいいんじゃないの」「持ち帰らせないほうがいいんじゃないの」「使う時間を制限したほうがいいんじゃないの」そんな気持ちになっていくかもしれません。でも、学校を卒業したら何の制限もないデジタル環境に子どもたちを放りこんでいかないといけないわけです。
学校という特殊な環境でそれを制限して問題が起きなかったとしても、将来トラブルに巻き込まれる可能性があるなら、それをただ制限するのではなく、失敗を材料にしながら、子どもたちに情報モラルのあり方や、正しいデジタルシチズンとしてのあり方みたいなところを教えていかないといけないと思うのです。そういう危機感があったので、情報モラルについてきちんと教えられるような媒体が欲しいと思ったわけです。
鎌倉市でもLINEみらい財団さんにSNSの授業をやっていただいている中学校もあったので、そういうところから話を聞いて、「SNS東京ノート」の存在を知りました。「これの鎌倉版を作れないですか」みたいな声がちょくちょく聞こえてくるようになって、「これは来たぞ!」と思い、さっそくLINEみらい財団にご相談しトントン拍子に話が進んだのです。
市内のある小学校をGIGAスクールの推進校としていたので、そこに現場の声をどんどんフィードバックするエンジンになってもらって、塩田先生にいろいろな要望をフィードバックしながら、一緒に作らせていただき、「SNS東京ノート」からさらに進化させた学校現場で使いやすい教材として「GIGAワークブックかまくら」をローンチすることができました。
北野:
鎌倉市の「GIGAワークブックかまくら」が最新版なのですね!塩田先生にお伺いしたいのですが、「GIGAワークブックかまくら」を立ち上げた今、最初に先生がこの領域で研究を始められた頃から、教育現場の環境はかなり変化してきているのでしょうか?
塩田様:
私がLINEさんと一緒に共同研究を始めたのが2014年だったと思うのですが、その頃って、まあ言い方は悪いですが、「LINEのせいでこんなに困っている」みたいな感じで「そんなLINEが情報モラルをやるなんてどういうこと!?」とめちゃめちゃ怒られた記憶があります。
そこからだんだん変わってきてLINEがあるからトラブルがあるわけではないという理解が進み、さらにスマホを持っている子と持ってない子の差が問題になってきました。その後、GIGAスクールが始まってからはどう上手に使うか、そのためにどうリスクを軽減していくかという方向に変わってきたのかなと思います。
「SNS東京ノート」から進化した鎌倉版の違いとは?
北野:
先ほど岩岡様から、「SNS東京ノート」をベースに、鎌倉版はより進化させた、というお話がありましたが、どういった部分を重点的に変えられたのでしょうか?
塩田様:
「SNS東京ノート」は、どちらかというと情報モラルだけを扱ってきたんですね。どういうふうにリスクを回避していくか、いかに上手にリスクを回避しながら使っていくかということがメインだったのですが、「GIGAワークブックかまくら」は、情報活用能力を全体として育てていくということに主眼を置いています。情報モラルは情報活用能力に含まれるので、上手に情報を活用する能力を育てつつ、それと一緒に情報モラルを育てていきましょうというように進化しました。ここがやっぱり大きな進化のポイントかなと思います。
情報モラルだけですと、どうしても「気をつけなきゃいけない」という気持ちにしかならなかったかもしれませんが、それに加えてこんなふうに上手に使えばいいんだということがわかってもらえることは今回大きな進化だと思います。
北野:
先生のおっしゃっている「情報活用能力」というのは普段の生活で対話等で行ったり、チャットなどでテキストのみで行ったりするコミュケーション力も含んでのことでしょうか?
塩田様:
基本的には情報活用能力は学習の基盤となる資質能力というふうに言われていますので、例えばどんな情報が必要か調べたり、比べたり、上手に発表したり、伝えたり。当然そこにはリスク回避の側面もあるので、安全に使うことも含まれるというイメージかと思います。
北野:
実は、この教育DXシリーズの第1回の対談 で、GIGAスクール構想が最初に誕生した当初は、従来の授業スタイルのままで、いかに1人=1台端末を利用できるかということが課題だったけれど、現在はすでに次のステージ、つまり子ども同士がどうやってお互いの調べたものや、調べ学習の結果に対して自分の情報をインプットして交換しあうのか、言葉使いなども含めたコミュニケーションの課題に移っているというお話をしたことを思い出しました。
要するに、「自分が発している言葉もしくはテキスト上で書き込んだものが、相手の立場から、自分が思っていたことと違う意図で読み取られてしまう可能性がある」というリスクや想像力を培う事も含めて、情報活用能力というふうに理解すればいいのですね。
塩田様:
はい、そうだと思います。これから先生がどうICTを使うかではなくて、子どもたちがいかにICTを使いこなしていくかということが求められてきて、そこには情報活用能力が必要になるんですよね。
例えば、ここではむしろ議論するからICTを使わず対面でやったほうがいい、というものもたぶん情報活用能力の一つになるわけです。ICTを使わなくても情報活用力を育てることができますので、そういった意味では非常に広い本当に学習の基礎となる資質能力だろうと思います。
第4回 子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップ(後編)へつづく
【ゲストプロフィール】 鎌倉市教育委員会教育長 岩岡寛人様 2008年に文部科学省に入省。 X線自由電子レーザーの開発・共用開始や小中一貫教育を行う義務教育学校制度の創設、幼児教育・保育の無償化など様々な大規模プロジェクトの制度構築を担当。 現在は鎌倉市教育長として、学校と企業・大学・NPOを繋げて魅力的な教育活動を展開するための「鎌倉スクールコラボファンド」の創設や、児童・生徒の学習の個性を花開かせる「かまくらULTLAプログラム」の実施など、新しい時代にふさわしいワクワクする教育づくりに向けた様々な取組を展開している。 静岡大学教育学部 准教授 塩田真吾 様 早稲田大学大学院博士課程修了、博士(学術)。 千葉大学特任研究員、静岡大学教育学部助教、講師を経て、2015年より現職。 専門は、教育工学、情報教育。第4期・第5期静岡大学若手重点研究者に選定。 2021年より文部科学省ICT活用教育アドバイザーを務める。 一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長 西尾勇気 様 一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長。2010年に株式会社ライブドア(会社再編によりLINE株式会社に合流)に入社。 LINEサービスのPR企画などに従事し、2015年よりLINE株式会社 公共政策室(現:CSR戦略室)へ異動。 2019年一般財団法人LINEみらい財団設立後、現職。 青少年や教職員、保護者、さらに行政の方々と連携しながら、ICTに関連した教育・研究・普及啓発活動を推進。 加えて、LINEみらい財団の設立時においてPJリーダーも務める。
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