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デジタルと学びをつなぐ:第4回 子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップ(後編)
- category : AUKOE の コエ #子育て
- writer : GDX TIMES編集部
GIGAスクール構想の中、教育現場にも大きな変化が訪れ、それに伴い「情報モラル」教育や、情報やICTをうまく活用して情報社会に働きかけるための「情報活用」の必要性が高まっています。そこで、学校で子どもたちがそれを学ぶことができる教材「GIGAワークブックかまくら」の開発に関わったお三方に開発の背景やそこに掛ける思いを伺い、子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップに迫ります。
◆第4回 子どもたちの「情報活用能力」を生み出すステップ(前編)はこちら
◆「Passeggiata con KITANO! ~コエとコエを紡ぐ~ デジタルと学びをつなぐ」特集ページへ
Passeggiata con KITANO! ~コエとコエを紡ぐ~ デジタルと学びをつなぐ
デジタル化が進む教育現場。人間の成長における「学び」とは?という原点の問いを、学校現場にいる子どもたちや先生も含む、学び・教育業界へと繋げていきます。
Presented by株式会社アスコエ・パートナーズ 取締役 北野菜穂
◆ゲスト
岩岡寛人様
鎌倉市 教育長
塩田真吾様
静岡大学教育学部 准教授
西尾勇気様
一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長
学校現場の声を積み上げたからこそ、鎌倉版の成功があった
北野:
学校の教育現場での具体的な取り組み状況をお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。
西尾様:
まずは鎌倉市でご協力いただけるモデル校を選定いただいて、制作の過程の中で教育現場の皆様の声をいただく形で教材開発を進めました。加えて、今回の教材はGIGAスクール構想も意識して制作しています。
実はそれまで作ってきた教材は印刷して使用することを想定したものだったのですが、子どもたちがタブレットやPCなどそれぞれの端末で、教材を見たり書き込んだりできるようにしました。鎌倉市や現場の先生にご協力いただいて試行錯誤しながら、塩田先生に頑張っていただいたというところです。
岩岡様:
実際にこの情報モラルの授業で学校現場の声を反映するのに、LINEみらい財団にすごく助けられました。
情報モラルだけで45分の時間をとって体系的にしっかり授業をするという時間はなかなか学校現場にないんですよね。小学校、中学校でも教育課程がかなり過密でカリキュラムオーバーロードの状態なので。もちろん時間をとってやりたい場面もありますが、子どもたちが写真を使う活動する前に10分ぐらい情報モラルの授業を入れたいみたいな、そういう使い方が実際のケースとしてはかなり多いのではないかということで、セットでやれば45分、単発であれば15分みたいな形で、いろいろな使い方ができるような構成にしていただいたんです。これは学校現場と一緒に議論したからできたことなのかなと思います。
あと保護者の皆さんが、GIGAスクール構想に対して恐怖心をお持ちの方が多いですよね。家でタブレットを使うとき、子どもたちは消費者としてデジタルに向き合っていることが多いので、はらはらして見ていることも多く、「GIGAスクールはなんとなく心配、不安だ」みたいな気持ちを持つ方もいます。
それで保護者向けのページがあったほうがいいんじゃないかと。保護者の皆さんが家庭で子どもたちがタブレットと向き合っていくときにどのようなスタンスでいればいいのか、学習目的以外で使っている場面を判断できるようにするためにはどうすればいいのか、そういう保護者も学べるようなコンテンツを一緒に入れたり、また一方で学校側でも学校ごとのICTを使ってこういうことをやりたいという教育目標を書き込める欄を入れたほうがいい…など、実際、学校で使っていく上でのニーズやポイントみたいな現場の声をよく取り入れて作っていけたというのが、今回うまくいった点なのかなと思っています。
北野:
様々なステークホルダーの利用者を巻き込みながら、どんどん進化していくようなサービスを作られたのですね。塩田先生はこの鎌倉市での取り組みのなかで、興味深い点や、面白い気づきはございましたか?
塩田様:
岩岡教育長がおっしゃったような、短い時間でぱっと活用できる教材を作ることが、学校現場の先生と何回か打ち合わせをさせていただいた中から出てきたニーズだったのですが、とても新鮮でしたね。
北野:
今回の進化、という点では、例えば子どもたちがそれぞれ、自分で独自に進めても良いような、そんなモジュールのような仕組みも入っていたりするのでしょうか?
塩田様:
今回はクラスで議論をすることをコンセプトにしていまして、友だちと議論をしながら子どもたちが自覚をしたり、考え方を変えたりということを意識しています。ドリル的にやることもできるんですけれども、ドリル的なことは知識として身についてもなかなか行動変容に結びつかないという我々の研究の知見があります。例えば、コミュニケーションのトラブルや長時間利用などは知識として身につけているだけではなかなか行動変容につながらない、つまりわかっているけど行動には関わらないとか。ですので、基本的には議論をすることをすごく意識して作っています。
だから15分でも議論できるようにいうのは、まさにこれは現場の先生方からもいただいた知見かなと思います。
北野様:
西尾様から見ると、LINEみらい財団としては、GIGAスクール構想に合わせて紙からタブレット用にされたというのが大きな改良点でしょうか?
西尾様
それも一つですが、先ほど岩岡教育長と塩田先生がお話された、ニーズに合わせて短時間でも学べ議論できるようにしたところが大きな改良点だと思います。
今、実際にどんな困りごとがあるのか、学校や学年によってどんな学びが必要なのかなど、教育現場の声に向き合えたことが今回の改良につながったと考えています。
今、GIGAワークブックは他の自治体でも活用いただくようになってきたので、現場の声をもっと吸い上げながら、より使いやすくしていきたいと思っています。
「GIGAワークブックかまくら」を他の学校や、他の自治体が利用していく際に、学校ごとの要望を汲み取ったり、先生からの声を共有できるような機会はあるのでしょうか。何か事例はございますか。
西尾様
今のところ事例共有の機会を定期的に設けているわけではありません。ただ、教材の導入時にどういったことを検討したか、どういった研修をしたか、実際に教材を利用してどんな意見が出ているかなどの事例を共有するのは非常に重要だと思っています。
先日はオンラインで100名以上の自治体や教育関係者の方にご参加いただき、教材の導入事例や活用例を共有する会を実施しました。この取り組みは今後も継続し、自治体や学校の意見を積み上げながら知見を蓄積したり参考となる情報を共有できるようにしたいと考えています。実事例を知っているか知らないかで、新たに教材を導入する自治体や学校の状況も変わってくると思っているので、重要な取り組みと認識しています。
北野:
これからもどんどん進化していきそうな教材なのですね。鎌倉市の中では、この「GIGAワークブックかまくら」を、市内全校に広げていきたいという思いをお持ちでしょうか。
岩岡様:
そうですね、鎌倉では各学校にGIGAスクールのリーダーを1人置いていまして、その先生がIT推進担当者会という形で定期的に集まったり、あとこんなことをやっているなどをSlackで共有するプラットフォームを作っていますので、そこを通じて実践が広がっていくといいなと考えています。
今回の「GIGAワークブックかまくら」は「SNS東京ノート」もそうだと思うのですが、教職員向けの手引書があるのが非常に素晴らしいところです。ワークをやるときは、例えばこういう発問から入ったらいいんじゃないか、こういう時間配分でやったらいいんじゃないか、こういう回答が予想されるとか、かなり丁寧に教職員向けのガイドブックを準備しているので、活用事例はワークシートと手引書を見れば、先生の頭の中でこうやってやればいいなとわかるようなコンテンツにしてあります。ですから、共有する時間のほうが欲しいと思う先生のほうが多いという気がしますね。
あとはやりたいと思ってもらえるかどうか、そこが肝だと思います。例えば何か事件が起こったときには、これをきっかけに子どもたちとこういうことをやってみようと思える先生と、大きな問題にならないといいなとやり過ごしてしまう先生がいるので、そこで使いたいという気持ちになってもらうために、こういう実践をした子どもたちがこう変わったというような実績、子どもの変容の実績を積み重ねて、ICTリーダーズの会で共有していきたいと思っています。
さらに全国へと活動や知見を広げていく
北野:
子どもが何かを学んで出てくるアウトプットというのは、ビジネスと違って、費用体効果を約束するようなものではないですし、確実な成果目標を持たせていく仕事でもないですよね。それでも、子どもたちに「やってみよう!」と思わせるモチベーションやインセンティブなど、何か仕掛けが必要なのかもしれないですね。
塩田先生はまだまだこれから取り組んでみたいテーマがおありになるかと思うのですが、「SNS東京ノート」「GIGAワークブック」の開発に取り組まれた今、今後さらに付加していきたいことはありますか?
塩田様:
最終的には、より良く生きるためにどう情報活用していくかみたいなことまでチャレンジしていきたいなと思っています。単に学習で使うとか、こんなふうにやると効果的だとか、危険を回避できるとかではなく、これを使うとより良い、最近の言葉でいえば「ウェルビーイング」につながっていくような取り組みを、今はやってみたいですね。
少し話が変わってしまうのですが、最近、我々は余暇研究をやっているんですよ。なぜかというと端末の長時間利用がやはり一番情報モラルの中で問題になってきていて、アンケートをとってもやはり長時間利用の問題が保護者の心配ごとでも大きいですし、子どもの実際のトラブルでも大きいんです。
でも長時間利用のトラブルをどうやって防いでいくかというと、単に時間の使い方を考えなさいとかではなくて、時間をどうより良く使っていくかという話になり、やりたいことをちゃんと見つけないとダメだよね、ということにつながっていきます。これはけっこう面白いテーマで、余暇をどう充実させるかみたいなことも、より良い人生をどう生きるか、仕事だけじゃなく学習だけじゃなく、より良い人生のためのGIGAワークブックみたいなものになるといいかなと思っています。今後もどんどんそういうコンテンツを追加していきたいなと思っています。
北野:
なるほど、昨今議論になるウェルビーングにも通じるようなテーマにご関心があるのですね。西尾様、岩岡様の今後取り組まれたいことはどんなことでしょうか?
西尾様:
GIGAスクール構想が始まってから、情報活用に関しても 情報モラルに関しても、現場のニーズが確実に上がってきています。
「GIGAワークブック」を活用いただいている自治体や、実際その教材を使った先生からも非常にありがたいお言葉をいただいており、LINEみらい財団の使命は、「GIGAワークブック」をなるべく多く、ニーズのあるところへ届けていくことだと考えています。
ただ、LINEみらい財団が実施しているオンライン出前授業だけでは限界があるので、やはり自治体と連携させていただくことが重要だと思います。アンテナの高い先生だけが使うものとか、何かトラブルが起こった学校だけが使うということではなくて、まずGIGAスクール構想から発生したニーズに対して我々の活動が望まれるものであれば、サポートをつなげていきたい、そこを大事にしていきたいですね。
LINEという会社自体もコミュニケーションアプリ以外のいろんな事業をさせていただいてきています。教育分野に関しても、コミュニケーションだけではない情報モラルやICTの活用などに対して広くさまざまなことが求められていると思っていますので、そこにぜひ我々も注力していきたいです。
岩岡様:
短期と長期の話があるのですが、短期的に私がすごく今関心があるのは学校と社会がきちんと連携して新しい価値を生み続けられる、そんな持続可能な環境を鎌倉だけじゃなくて全国に広めていきたいと思っています。
ぜひ「鎌倉スクールコラボファンド」にも注目していただきたいですね。学校だけでは、本当に無理だろうなと思っていたような教育活動がコラボレーションの力によってどんどん実現していき、子どもたちの価値観が変わっていくのを本当に目の当たりにするので、これをきちんと全国化させていきたいと思っています。
首都圏にある鎌倉みたいなところだけで必要な話ではなくて、特に地方がポイントになると思うのです。社会の豊かさ、自然環境の豊かさなど住環境としてのレベルが高いので仕事とウェルビーイングの両立が可能ですし、地方にこそ最先端の教育が必要だと思います。なので、スクールコラボファンドが全国に広まっていって、お金のない自治体でもきちんといろいろなところと連携して教育活動を組み立てられるようになるというのが短期的な野心ですね。
もう一つ長期的には、子どもを幸せにできているのかといったところにすごく課題意識があります。新しい学習指導要領を作ったり教育制度を作ってきていて、たぶんやっていることは正しいんですが、蓋を開けて見たときに、どんどん不登校が増えているとか…。子どもの今と将来を本当に幸せにできているのかという問いに常に立ち戻って考えなければいけないと思っています。
この前も国語の先生と話していて、問いのない問題に対してじっくり考える余白がもう今の子どもたちにはないんだよね、そういう時間をあげたいとおっしゃっていて、本当にその通りだなと思いました。
幸せといってもいろんな形があると思いますが、私の見方ですが、今の子どもたち、そして若い人にとっての幸せというのがドーパミン的幸せに偏ってないかと思っています。脳内物質とたぶんリンクしていると思うんですが、何か報酬系に頼るような幸せですね。
例えばYouTubeなんかそうですよね。タブレット端末をずっと見てしまうのはドーパミンが出続けているからなんですけれども、でも本当はもっとその自然環境の中でのんびりすることによって生まれる何かそのセロトニン的な幸せとか、家族とか友人と触れ合うことによるオキシトシン的な幸せとか、新しいことにチャレンジしてワクワクしたり、筋トレして元気が出てくるみたいなエンドルフィン的な幸せとか、そういういろんな幸せに関わる脳内物質がバランスよく出ている状態というのが、たぶん人間は本当に一番後悔のない幸福な状態だと思うんです。
いろいろな幸福感を得られるような教育上の仕掛けが必要だし、大人に対する支援も必要だし、何かそういう多様な幸せを感じられるような教育制度や社会制度というものをどうやって作っていくのかというところに力を注いでいきたいというのが私の長期的なチャレンジです。
北野:
多様な幸福を感じるためにも、自分が好きだ、やりたいと思うものを見つけられることは、子どもにとっても大人にとっても永遠のテーマですね。
情報活用能力とGIGAスクール、教育DX、どのような観点で、点と点を結べるかしら、と考えながら始めたインタビューでしたが、皆さまのお話をお聞きして、情報にあふれている社会と、それが情報技術活用と相まって、子どもたちが主体的に、トラブルを回避しながら情報を活用するための能力を培うためのとても大切な事業でいらっしゃることが分かりました。ありがとうございました!
第4回 子どもたちの「デジタル・シティズンシップ」を生み出すステップ(前編)へ
【ゲストプロフィール】 鎌倉市教育委員会教育長 岩岡寛人様 2008年に文部科学省に入省。 X線自由電子レーザーの開発・共用開始や小中一貫教育を行う義務教育学校制度の創設、幼児教育・保育の無償化など様々な大規模プロジェクトの制度構築を担当。 現在は鎌倉市教育長として、学校と企業・大学・NPOを繋げて魅力的な教育活動を展開するための「鎌倉スクールコラボファンド」の創設や、児童・生徒の学習の個性を花開かせる「かまくらULTLAプログラム」の実施など、新しい時代にふさわしいワクワクする教育づくりに向けた様々な取組を展開している。 静岡大学教育学部 准教授 塩田真吾様 早稲田大学大学院博士課程修了、博士(学術)。 千葉大学特任研究員、静岡大学教育学部助教、講師を経て、2015年より現職。 専門は、教育工学、情報教育。第4期・第5期静岡大学若手重点研究者に選定。 2021年より文部科学省ICT活用教育アドバイザーを務める。 一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長 西尾勇気様 一般財団法人LINEみらい財団 事業推進部 部長。2010年に株式会社ライブドア(会社再編によりLINE株式会社に合流)に入社。 LINEサービスのPR企画などに従事し、2015年よりLINE株式会社 公共政策室(現:CSR戦略室)へ異動。 2019年一般財団法人LINEみらい財団設立後、現職。 青少年や教職員、保護者、さらに行政の方々と連携しながら、ICTに関連した教育・研究・普及啓発活動を推進。 加えて、LINEみらい財団の設立時においてPJリーダーも務める。
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